三越包装紙「華ひらく」——四国コンビの共作による 時代を包み続けるデザインの力
みなさんは、三越の包装紙「華ひらく」をご存じでしょうか。
デパートの紙袋や包装紙に印象的な赤い模様が描かれた、あのデザインです。
実はこの「華ひらく」、1950年に誕生して以来70年以上も愛され続けており、日本の百貨店文化を象徴するデザインのひとつになっています。
そしてこの包装紙には、もうひとつの姿——青色の“弔事専用版”があることをご存じでしょうか。
青の「華ひらく」は、通常の赤の部分が青に変更され、落ち着いた色合いに仕上げられています。贈答の文化を大切にする日本らしい配慮であり、「包む」という行為に込められた想いの深さを感じさせます。
■ 「華ひらく」の誕生とデザインの背景
「華ひらく」が生まれたのは、戦後間もない1950年。
当時、三越は「日本の百貨店として、これからの時代にふさわしいオリジナル包装紙をつくりたい」と考え、画家・猪熊弦一郎氏にデザインを依頼しました。
猪熊氏は香川県高松市出身。東京美術学校(現・東京藝術大学)を卒業し、戦前・戦後を通して日本の抽象美術を牽引した人物です。彼の手によって描かれた「華ひらく」は、丸みを帯びた柔らかな抽象形が繰り返し並ぶ独特の構成。見る角度や包む形によって表情が変化するよう設計されており、「どの角度から見ても美しい包装紙」を目指して作られました。
この画期的な発想は、それまで茶色のクラフト紙が主流だった百貨店の包装文化を一変させます。赤一色の大胆な色彩、そして生命感のある形。まさに“戦後の日本に花を咲かせる”という願いが込められていました。

華ひらく 原画
■ モチーフは「波に洗われた石」
猪熊氏がデザインの着想を得たのは、千葉・犬吠埼の海岸を散策していたときのこと。波にもまれながらも形を保つ石に心を動かされ、「波にも負けず、頑固で強く」「自然の造形の美しさを表現しよう」と考えたといいます。
戦後の混乱期、人々はまだ日常を取り戻しきれていませんでした。
そんな時代に「強く、美しく、しなやかに生きる力」を表すデザインを生み出そうとした猪熊氏の想いは、「華ひらく」という名前そのものに重なります。包みを開くとき、花がひらくように笑顔が生まれる——そんな願いが込められていたのです。
また、このデザインには後に『アンパンマン』の生みの親となるやなせたかし氏も関わっています。
当時、三越宣伝部で働いていたやなせ氏が「mitsukoshi」の筆記体ロゴを手書きで入れ、デザインを完成させました。香川・高知という四国の地で生まれた二人のクリエイターが、後に全国を代表するデザインを共作したという点も、興味深いエピソードです。
■ 贈る人の心を包む、色と形の意味
「華ひらく」は誕生から70年以上が経った今も、全国の三越で使われ続けています。
その理由は、単なる“包装紙”ではなく、贈る人の想いを美しく包む文化の象徴だからです。
赤色の「スキャパレリレッド」は、戦後の明るい未来を願うシンボル。
そして青色の弔事版は、静かに寄り添う心を表現しています。
このように、贈答文化に合わせて色やデザインを変える姿勢は、三越が長年培ってきた「相手を想う日本の礼節」の表れでもあります。
どんな場面でも、贈り物を通して相手に敬意と想いを伝える。
そんな日本人らしい美意識が「華ひらく」に息づいているのです。
■ 包装紙が語る、百貨店文化の歴史
「包装紙」は単なる“紙”ではなく、百貨店にとってはブランドそのものを象徴するメディアでもあります。
実際、明治時代の三越では、包装紙に路線図や度量衡の早見表が印刷されていたこともあったそうです。買い物の「包み」がそのまま情報媒体となり、街中で広告の役割を果たしていたのです。
包み方にも、日本独自の文化があります。
西洋では「キャラメル包み」が主流ですが、日本の百貨店では「斜め包み」を採用。祝儀と不祝儀で折り方を変えるなど、礼を尽くす作法が大切にされています。
特に三越では「幸せが上から入り、下から出ていかないように」という意味を込め、折り目の位置にまで気を配っているのです。
その細やかさこそ、百貨店文化の原点。「包む」という行為を通じて、人と人をつなぐ日本的美意識が受け継がれています。
■ 丸亀と香川に息づく猪熊弦一郎の世界
香川県丸亀市にある「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)」は、猪熊氏の生涯と作品を伝える拠点として1991年に開館しました。
建築は谷口吉生氏による設計で、駅前から続くゲートプラザには猪熊氏の巨大な壁画「創造の広場」が設置されています。
この美術館では、「華ひらく」をはじめとしたデザインの原画や型紙も大切に保存・展示されています。
また、瀬戸内国際芸術祭2016では、写真家ホンマタカシ氏とのコラボレーションで「三越包装紙」をテーマにしたアート展示も行われ、半世紀以上前のデザインが現代アートとして再評価されました。
香川という土地から生まれたデザインが、全国へ、そして世界へと広がり、今なお新しい価値を生み出し続けていることは、地元にとっても誇らしいことです。

MIMOCA 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館
■ 「グッドデザイン・ロングライフデザイン賞」受賞
2019年、「華ひらく」はグッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞しました。
審査員からは次のようなコメントが寄せられています。
「戦後の復興が始まった70年前、アートの持つ力を通じて明るい未来を包んだデザイン。
それを70年間、三越がすべての顧客に届け続けたことは、企業のブランディングとして極めて高く評価される。」
この言葉にあるように、「華ひらく」は単なる“デザインの美しさ”を超えて、人々の暮らしと記憶を包み続けてきた文化遺産といえるでしょう。
■ 青い「華ひらく」に込められた静かな美しさ
さて、冒頭で触れた青い「華ひらく」。
こちらは弔事用として使われる特別仕様で、赤のデザイン部分を抜いた落ち着いた配色になっています。
“悲しみの場にも礼を尽くす”という日本人の美意識が、そこには込められています。
赤が華やかに「祝う色」なら、青は静かに「祈る色」。
どちらも相手への想いを包むという点で、根底に流れる精神は同じです。
この青い包装紙を見るとき、単に色の違いではなく、「人の心を包む文化」がここまで丁寧に形づくられてきたことに改めて気づかされます。
弔事用の「青い華ひらく」では、包装紙だけでなく紙袋も赤色を除いた特別デザインに。落ち着いた色調の中に、相手を想う静かなやさしさが感じられます。
■ 包装紙が教えてくれる「贈る文化」の深さ
私たちは日常の中で何気なく包装紙を受け取りますが、その一枚の裏には長い歴史と職人の手仕事、そして贈る人の想いが詰まっています。
三越の「華ひらく」は、そんな“包む文化”の象徴であり続けています。
包むことは、思いやりを形にすること。
それが赤でも、青でも、どんな色であっても、そこにあるのは「相手を想う気持ち」です。
半世紀以上前に生まれた一枚の包装紙が、今もなお人の心を動かし続けている理由——それは、デザインの美しさだけでなく、その中に込められた人の温度が消えていないからでしょう。

華ひらく クリスマスver.
■ 包むという、日本の美意識
「華ひらく」は、単なるデザインではなく、日本の“贈る文化”そのものを象徴する作品です。
香川で生まれた猪熊弦一郎氏の感性が、三越という老舗の想いと重なり、一枚の包装紙として形になった。
それが今も日本中で、誰かの贈り物をやさしく包んでいる。
——時代が変わっても、「包む」という行為に込められた美しさは変わりません。
青でも赤でも、「華ひらく」は今日も、贈る人と受け取る人の心の間で、そっと花を咲かせています。
◻︎◻︎出典:三越伊勢丹オンラインストア 三越包装紙「華ひらく」
https://cp.mistore.jp/mitsukoshi/hanahiraku.html
TAKEO 紙をめぐる話|紙の研究室 No.05
https://www.takeo.co.jp/reading/labo/05.html
【本日の一曲】
LIBRO – シグナル (光の当て方次第影の形) feat. 元晴