大迫傑、34歳でたどり着いた“新たな1秒”
──更新というより、“進み続ける生き方”そのもの
12月7日、スペイン・バレンシア。
日本の長距離界にまた一つ、大きな歴史が刻まれました。日本新記録達成です。
大迫傑、34歳。
記録は 2時間4分55秒。
日本記録を 1秒 更新。
「たった1秒?」
そう思う人もいるかもしれません。
ですが、この“1秒”がどれほど大きな価値を持つのかは、この競技を知る人ほど胸に響くでしょう。
大迫が日本記録を更新したのは、これで 3度目。
2018年、2020年、そして2025年。
世界の舞台で、日本の歴史を3度も塗り替えたランナーは他にいません。
今回の更新は、単なる数字の上の1秒ではなく、
「34歳で、ふたたび自分自身を超えた」
という事実こそが大きな意味を持っています。
※シューズのアシックス率高いですね
■ 道具の進化だけでは届かない領域
2018年のナイキのシューズ革命以降、「厚底だから速くなった」という声も確かにありました。
私自身、当時はそう感じていた部分があります。
しかし、大迫は最新のツールに“乗っかった”だけではありません。
・身体の使い方
・トレーニングの組み立て
・メンタルマネジメント
・レース戦術
こうした「選手としての総合力」を、年齢を重ねながらさらに磨き続けてきたからこそ、1秒が削れる。
道具だけでは辿り着けない世界。
そこを走り切ったからこその1秒です。
■ 「34歳」という数字の意味
マラソンはフィジカルの影響が非常に大きい競技。
20代のように「走り込みさえすれば伸びる」という時期は過ぎています。
市民ランナーではないですから、メンタルでどうこうできる領域ではありません。
・疲労の抜けにくさ
・怪我のリスク
・練習量の限界
・回復スピードの低下
普通なら、練習の質を維持するだけでも難しい年齢です。
その中で、
自己ベストを30秒以上更新し、日本記録を1秒縮めた。
これは日本のマラソン史でも類を見ない成果です。
東京レガシーハーフでも日本人トップ。
調子の良さは見えていましたが、まさかここまで仕上げてくるとは…正直驚きです。
■ レース運びの巧さ──「崩れない強さ」が際立った
前半は第2集団で冷静にスタート。
通過は1時間2分41秒と速めですが、力の範囲内。
勝負は最後の10km。
ここから粘り切れるランナーはほんの一握りです。
・焦らない
・フォームが崩れない
・無理に追わない
・でもペースは落とさない
“限界の中で正しい判断を積み重ねる力”
こそが、大迫の最大の武器だと感じたレースでした。
※脅威の全体通してAvg:2:58/km
■ レース後の言葉がすべてを物語る
Instagramで大迫はこう語っています。
「たった1秒だけど、僕らにはとんでもなくデカイ1秒だった。」
喜びよりも、積み上げた努力と葛藤が滲む一言。
その裏には、
・迷い
・不安
・故障
・試行錯誤
・努力の削ぎ落とし
あらゆるプロセスが積み重なっていることが伝わってきます。
■ さらに「生き方」が表れた2つの変化
大迫傑は記録だけでなく、その“姿勢”も大きく変わっています。
① 新たな挑戦──ナイキ専属契約からリーニンへ
アジア人初のナイキ専属契約を終え、
今年からは中国のスポーツブランド リーニン(Li-Ning) と契約。
ブランドの枠を超え、
「自分が信じる道を選んで進む」
そんな大迫らしい変化です。
② 日本のトップアスリートとしては珍しいタトゥー
今年、身体にタトゥーを入れたことも話題になりました。
日本のトップランナーでは珍しい選択ですが、
これも“新しいスタイル”“新しい価値観”をまっすぐに生きる大迫らしさだと感じます。
「記録だけでなく、生き方そのものをアップデートし続ける姿」。
それが、今日の大迫傑の魅力と言えるでしょう。
■ 日本男子マラソン日本記録の推移
2025年12月9日時点
| 年 | ランナー | 記録 | 大会・開催地 |
|---|---|---|---|
| 1963年 | 寺沢徹 | 2:15:15 | 別府大分毎日 |
| 1965年 | 重松森雄 | 2:12:00 | ロンドン |
| 1967年 | 佐々木精一郎 | 2:11:17 | 福岡国際 |
| 1970年 | 宇佐美彰朗 | 2:10:37 | 福岡国際 |
| 1978年 | 宗 茂 | 2:09:05 | 別府大分 |
| 1983年 | 瀬古利彦 | 2:08:38 | 東京国際 |
| 1985年 | 中山竹通 | 2:08:15 | 広島 |
| 1986年 | 児玉泰介 | 2:07:35 | 北京 |
| 1999年 | 犬伏孝行 | 2:06:57 | ベルリン |
| 2000年 | 藤田敦史 | 2:06:51 | 福岡国際 |
| 2002年 | 高岡寿成 | 2:06:16 | シカゴ |
| 2018年 | 設楽悠太 | 2:06:11 | 東京 |
| 2018年 | 大迫傑 | 2:05:50 | シカゴ |
| 2020年 | 大迫傑 | 2:05:29 | 東京 |
| 2021年 | 鈴木健吾 | 2:04:56 | びわ湖毎日 |
| 2025年 | 大迫傑 | 2:04:55 | バレンシア |
■ MGC出場権獲得、そしてロサンゼルス五輪へ
今回の記録により、2027年のMGC出場権を獲得。
パリ五輪以来のフルマラソンでこの走り。
ここからロサンゼルス五輪へ向けた物語が始まっていきます。
34歳。
まだ進化できることを、誰よりも自分自身が証明しました。
■ “1秒”とは、積み重ねた時間そのもの
この1秒には、
・膨大な走り込み
・トレーニング理論の進化
・栄養管理
・怪我との向き合い
・精神面のアップデート
・スタッフとの信頼
・そして諦めなかった時間
そのすべてが詰まっています。
だからこそ
「たった1秒」ではなく「大きすぎる1秒」
なのです。
■ 終わりに
記録だけでなく、選択や生き方、スタイルまで含めて、
「進化し続ける34歳」を見せてくれた大迫傑。
これから先の挑戦が、とても楽しみですね。
【本日の一曲】
Nas – Is Like