みんな自由に選んでいるのに、なぜ同じ場所に集まるのか?
――アルゴリズムと偶然
先日、奈良県の曽爾高原で、人口をはるかに上回る観光客が押し寄せ、住民の生活に大きな影響が出ているというニュースを見ました。
道路が大渋滞して「家から出るのに2時間」かかったり、観光客が集中したことで携帯電話の電波がつながりにくくなり、キャッシュレス決済ができなくなったり。
一方で、これだけ観光客が集まっているにもかかわらず、地域全体の観光産業が必ずしも潤っているとは限らない、という話もありました。
このニュースを見ていて、私が気になったのは別のところです。
「みんな、それぞれ好きな情報を見て、自分で行き先を選んでいるはずなのに、なぜ同じ場所に集中するんだろう?」
ということ。
シルバーウィークに、これまでなら「知る人ぞ知る」というような場所へ観光客が一気に集中する。
これって、今の情報社会を考えるうえで、なかなか面白い現象だと思うんです。
情報が無限にあるのに、なぜ同じ場所へ行く?
昔なら、旅行先を決めるときの情報源は今ほど多くありませんでした。
テレビ、新聞、雑誌、旅行ガイドブック。
限られた情報の中から「今ここが人気ですよ」と紹介された場所へ行く。
これなら、多くの人が同じ場所に集まるのも、それほど不思議ではありません。
ところが今は違います。
AIに聞いて、Googleで検索して、Instagramを見て、YouTubeやTikTokを見て、口コミサイトを見て……。
情報源は無数にあります。
「自分の好きなものを、自分で探している」
ように感じます。
それなのに、気がつけばみんな同じ場所にいる。
なぜでしょう?
その理由の一つが、私たちが思っている以上に、「情報を見る順番」が仕組みによって決められているからなのかもしれません。
「自分で選ぶ」の前に、選択肢が作られている
例えばYouTubeやNetflixなどの動画メディア。
一本の動画を見たあと、「次におすすめ」として表示される動画があります。
ネットショッピングなら、過去に見た商品や購入履歴などをもとに、おすすめの商品が表示される。
旅行サイトでも、過去の検索や閲覧などを踏まえて、興味を持ちそうな場所が紹介される。
これは非常に便利です。
自分で何万件もの情報を探さなくても、「あなたが好きそうなもの」を効率よく見つけてくれる。
でも、ここでちょっと考えてみる。
私たちは、
「自分で選んでいる」
と思っていても、その前段階で、
「何を選択肢として見るのか」
を絞り込まれているのではないでしょうか。
もちろん、アルゴリズムが私たちの行動をすべて決めているわけではありません。
最終的に選ぶのは自分です。
ただ、自分の過去の行動をもとに「好きそうなもの」が次々と提示されることで、知らないうちに似た情報ばかりを見る環境ができている。
いわゆる「フィルターバブル」と呼ばれるような状態も、その一つです。
自分に合った情報が集まってくるので、とても快適。
でも、その快適さの中では、「自分がまだ知らないもの」に出会う機会が減る可能性もあります。
不動産・建築でも、実は同じです
これ、私が仕事をしていてもよく感じます。
住宅やリフォームの打ち合わせをしていると、全く別のお客様なのに、
「最近こういう家が人気ですよね」
「こういうキッチンにしたい」
「こういう雰囲気の家が好きです」
と、似たようなご要望が続くことがあります。
もちろん、それぞれ別々に情報収集されています。
Instagramを見る人もいれば、YouTubeを見る人もいる。
住宅会社のホームページやブログを見る人もいる。
それなのに、なぜか似たようなものが集まってくる。
情報源はバラバラなのに、最終的な答えが似てくる。
これも考えてみると、なかなか面白い現象です。
マニュアル本でもみんな見ているの?なんて思うことも。
昔は「偶然」がもっと多かった?
AIやインターネットが今ほど普及していなかった頃を考えてみると、毎日がもっと「偶然だらけ」で形作られていたような気がします。
本屋で、探していた本とは全然違う本が目に入る。
迷って知らない道を歩いていたら、気になる店を見つける。
友人から「こんなところ面白いよ」と聞いて、よく分からないまま行ってみる。
旅先で予定にはなかった場所に立ち寄る。
こうした**「予定外の出会い」**が、意外と記憶に残っていたりします。
今は、その代わりに「あなたへのおすすめ」が非常に優秀になりました。
これは本当に便利です。
欲しいものを探す時間は短くなり、自分の好みに合うものにも簡単にたどり着ける。
一方で、効率化が進むほど、偶然に出会う機会は減っていくのかもしれません。
本屋に行くと、なぜか面白い
だから、商品が陳列されているリアル店舗(本屋など)はとても好きです。
ネット書店なら「住宅」「建築」「不動産」などと検索すれば、それに関連する本が表示されます。
当然、自分が興味を持ちそうな本ばかり。
でも、本屋を歩いていると、全然関係ない棚の本が目に入ります。
表紙の色が気になったり、タイトルが目に入ったり、隣の本との並びが面白かったり。
「何これ?」
と思って手に取る。
そこから全く知らなかった世界に入っていく。
これが、いわゆる**セレンディピティ(幸運な偶然の出会い)**なんだと思います。
本屋では、検索していないものが目の前に現れる。
そして、自分の興味とは少し違う情報が、たまたま頭の中に入ってくる。
この「ちょっとしたノイズ」が、実は面白い。
だから、たまには「おすすめ」から外れてみる
私は、アルゴリズムが悪いと言いたいわけではありません。
むしろ、便利なので私もかなり使っています(笑)。
ただ、便利だからこそ、たまには意識して「おすすめの外側」に出てみるのもいいのではないかと思います。
普段読まないジャンルの本を読む。
知らない街を歩いてみる。
目的地を決めずに少し寄り道してみる。
ネットの口コミを見る前に、店構えだけでお店を選んでみる。
私の場合、
「この店、なんか雰囲気いいな」
というフィーリングで入ってみることがあります。
どんな人がお客さんとして来ているのかな?
店内はどんな感じかな?
なんとなく好きそうだな。
もちろん、入ってみたら「思ってたんと違う!」ということもあります(笑)。
でも、それも含めて面白い。
住まい選びも「おすすめ」だけでは決められない
住宅選びも同じだと思います。
SNSで見つけた「人気の家」が、自分たちにとって暮らしやすい家とは限りません。
みんなが採用している間取りが、自分たちの家族に合うとも限りません。
だからこそ、
「みんなが選んでいるから」ではなく、「自分たちの暮らしには本当に必要なのか?」
と、一度立ち止まって考えてみる。
情報をたくさん集めることは大切です。
でも、最後は実際に街を歩き、建物を見て、空間を体験して、自分自身の感覚で判断する。
画面の中では「おすすめ」されなかったものが、実際に見てみると意外と気に入ることだってあります。
情報が多すぎる今だからこそ、「自分で探す」だけでなく、「偶然に出会う」ことも大切なのかもしれません。
みんなが自由に選んでいるように見えて、なぜか同じ場所に集まる。
その背景には、私たちが知らないうちに接している情報の仕組みがあります。
だからこそ、ときどきスマホを置いてみる。
知らない道を歩いてみる。
普段行かない店に入ってみる。
本屋で目的のない棚を眺めてみる。
そして、
「なんとなく、これ好きだな」
という自分の感覚を大切にしてみる。
効率ばかりを求める時代だからこそ、少しの「無駄」や「寄り道」、そして「偶然」が、私たちの選択を豊かにしてくれるのかもしれません。
不動産も建築も、最後は画面の中だけでは分からないことがたくさんあります。
だから、せとうち不動産でも「ネットで人気だからこれ」というだけではなく、実際に見て、感じて、話して、その人に合うものを一緒に探していければと思っています。
◻︎◻︎グロービズ経営大学院 セレンディピティとは?ビジネスで注目される理由と具体事例
https://mba.globis.ac.jp/careernote/1497.html
Forbes Japan 認知的植民地主義:AIが私たちの思考を支配する時代
https://forbesjapan.com/articles/detail/83232
【本日の一曲】
Baden Powell – L’Art De Baden Powell
◻︎◻︎せとうち不動産 https://setouchi-fudosan.com/◻︎◻︎