その夜にしか鳴らない音 ― 上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonder 香川公演
Hiromi’s Sonicwonder
JAPAN TOUR 2025 “OUT THERE”
——9年ぶりの香川公演で体感した「その夜にしか鳴らない音」
先日、
上原ひろみ Hiromi’s Sonicwonder JAPAN TOUR 2025「OUT THERE」
に行ってきました。
香川での公演は、実に9年ぶりだったそうです。
世界を舞台に活動するトップミュージシャンのライブを、地元・香川で観られる機会はそう多くありません。ワールドクラスのパフォーマンスをこの距離感で体験できると思うと、チケット発売の情報を見た瞬間に迷う理由はなく、即購入でした。
当日、会場に足を運んでまず感じたのは、観客の期待値の高さです。
「久しぶりに香川で観られる」という喜びと、「どんな音が飛び出すのか分からない」という緊張感が、開演前から空間全体に漂っていました。
今回は4人編成のバンド「Hiromi’s Sonicwonder」
上原ひろみのキャリアを振り返ると、ソロピアノの時代があり、圧倒的な即興性を誇るトリオ編成の時代がありました。
今回のツアーは、それらとも異なる4人バンド編成による新プロジェクト「Hiromi’s Sonicwonder」。
メンバーは、
- 上原ひろみ(ピアノ/キーボード)
- アドリアン・フェロー(ベース)
- アダム・オファリル(トランペット)
- ジーン・コイ(ドラムス)
トランペットを含むこの編成が、まず新鮮でした。
ピアノトリオを基軸としてきたイメージが強い上原ひろみですが、そこにトランペットという音色が加わることで、サウンドの広がりと緊張感がまったく違うものになります。
シンプルなライティングが生む、圧倒的なかっこよさ
最近のライブでは、大型LEDや映像演出が前面に出ることも多くなりました。
しかし今回のステージ演出は、非常にシンプル。照明も必要最低限で、過剰な映像はありません。
それが、驚くほどかっこいい。
音に集中できる空間。
演奏そのものが主役で、視覚的な情報はあくまで補助的。
その佇まいからは、どこかブラックミュージック的な美学も感じられました。
「音で勝負する」という覚悟が、そのままステージに表れているようでした。
一度として同じにならない、上原ひろみのライブ
上原ひろみのライブの最大の特徴は、同じ演奏が二度とないという点にあります。
過去のMCでも、
「その日その夜にしか鳴らない音楽を楽しんでほしい」
と語っていたことがありますが、まさにその言葉通り。
一曲一曲が、音源で聴くよりもはるかに長く、自由に展開していきます。
テーマが提示され、そこからメンバー同士の掛け合いによって、予想もしない方向へ音楽が進んでいく。
インプロヴィゼーションが全面に出た演奏は、緊張感と高揚感の連続でした。
ピアノとキーボードを行き来しながら、上原ひろみが音楽全体をドライブしていく。その上で、ベース、トランペット、ドラムスがそれぞれの個性を遠慮なくぶつけてくる。
どの瞬間も「今、この場で生まれている音」だと強く感じられました。
圧倒的な演奏力、その一言に尽きる
正直なところ、細かい技術的な解説をする必要はないと思います。
ただただ、圧倒的でした。
音の粒立ち、リズムの切れ、ダイナミクスの振れ幅。
それらがすべて高次元で成立していて、なおかつ音楽として破綻しない。
4人それぞれが強烈な個性を持ちながら、決してバラバラにはならない。
むしろ、その衝突こそが音楽の推進力になっていました。
終演後、会場を出る時には、心地よい疲労感と多幸感が残っていました。
「良いライブを観た」という言葉では足りない、深い満足感です。
上原ひろみという音楽家の歩み
改めて、上原ひろみのキャリアを振り返ると、その歩みはまさに異次元です。
静岡県浜松市生まれ。
17歳でチック・コリアと共演。
1999年にボストンのバークリー音楽院へ入学し、2003年にアルバム『Another Mind』で世界デビュー。
2011年には
『スタンリー・クラーク・バンド フィーチャリング 上原ひろみ』
で第53回グラミー賞「ベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバム」を受賞。
2016年には
上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト feat. アンソニー・ジャクソン&サイモン・フィリップス
名義のアルバム『SPARK』が、アメリカのビルボード・ジャズ総合チャートで1位を記録。
2021年には東京2020オリンピック開会式に出演。
そして2023年、音楽監督を務めたアニメ映画『BLUE GIANT』で、第47回日本アカデミー賞「最優秀音楽賞」を受賞。
近年も活動は止まることなく、
2023年に新プロジェクト「Hiromi’s Sonicwonder」としてアルバム『Sonicwonderland』を発表。
そして2025年4月には最新作『OUT THERE』をリリース。
常に新しい編成、新しい表現を模索し続ける姿勢は、今回のライブからも強く伝わってきました。
「完成」ではなく「更新」を続ける音楽
今回の香川公演を観て感じたのは、
上原ひろみは決して「完成されたアーティスト」で終わろうとしていない、ということです。
過去の成功に安住せず、
毎回違うメンバー、違う音、違うアプローチに挑み続ける。
それは、とてもエネルギーの要ることです。
しかし、その姿勢こそが、ライブの一音一音に説得力を与えているのだと思います。
9年ぶりの香川で体感した「OUT THERE」は、
まさにタイトル通り、今ここから外へ踏み出し続ける音楽でした。
この夜に鳴った音は、二度と再現できない。
だからこそ、ライブは面白い。
そんな当たり前で、最も大切なことを、改めて思い出させてくれるライブでした。
【本日の一曲】
Hiromi’s Sonicwonder – Tiny Desk Concert