国によってここまで違う「ブランド」へのまなざし
――中国と日本を中心に考える消費意識とアイデンティティ――
「なぜ中国人はあれほどブランドを好むのか」
「なぜ日本人は、世界的に見てもブランドにこだわらないのか」
政治や外交の話題が先行しがちな日中関係だが、その根底には、もっと日常的で、もっと感覚的な“価値観のズレ”が存在している。その一つが「ブランド」に対する考え方だ。
隣国であり、経済的にも文化的にも深く関わってきた日本と中国。しかし、ブランド志向に関するデータを見ると、両国は驚くほど対照的な位置に立っている。今回は、政治的主張の隔たりはいったん横に置き、ブランド意識という身近な切り口から、国ごとの価値観の違いを考えてみたい。
ブランドとは何か ――単なるロゴ以上の意味
そもそも「ブランド」とは何だろうか。
価格が高いもの、ロゴが目立つもの、有名な会社の商品。そうした表層的な理解を超えて、ブランドは現代社会において次のような役割を担っている。
まず第一に、自己表現とアイデンティティだ。
「このブランドが好き」という選択は、「私はこういう価値観を持つ人間だ」という無言のメッセージになる。服、バッグ、スマートフォン、車。身につけるもの、使うものを通じて、人は自分自身を語っている。
次に、社会的ステータスと信頼。
高級ブランドは、経済力や成功の象徴と見なされやすい。「このブランドを持っている=信用できる人」という評価が働く場面も少なくない。これは個人間の信頼だけでなく、ビジネスや投資の判断にも影響を与える。
さらに、モチベーションと自信という側面もある。
目標を達成した自分へのご褒美としてブランド品を手に入れる行為は、努力を肯定し、次の目標へのエネルギーとなる。
そして、選択の効率化と安心感。
情報過多の時代において、ブランドは「失敗しにくい選択肢」として機能する。品質や体験がある程度保証されているという期待が、購買のハードルを下げる。
最後に、他者とのつながり。
同じブランドを好む者同士は、自然と共感を覚え、会話が生まれる。ブランドが持つ物語や世界観は、コミュニティや文化を形成する装置にもなる。
こうした多層的な意味を持つ「ブランド」を、人々はどのように受け止めているのか。その答えは国によって大きく異なる。
世界調査が示す衝撃的なコントラスト
パリに本社を置く世界的調査会社イプソス(Ipsos)は、10年以上にわたりグローバル・トレンド調査を実施している。2025年版の報告書において、注目された項目の一つが「ブランド志向」だ。
調査で使われた設問はこうだ。
「魅力的なイメージを持つブランドであれば、多少高くても支払って構わない」
この問いに「同意する」と答えた割合を見ると、世界平均は2013年の39%から2025年には52%へと大きく上昇している。世界的にブランド志向が強まっていることは明らかだ。
しかし、その中で際立つのが中国と日本である。
- 中国:81%(世界一)
- 日本:34%(世界一低い)
同じ東アジアに位置しながら、ブランドへの態度はまさに正反対。しかも2013年から2025年にかけて、中国はさらにブランド志向を強め、日本はほとんど変化していない。
この差は、単なる所得水準や流行の問題では説明できない。
中国人のブランド好きの背景にある「今を生きる」意識
イプソスは近年の世界的トレンドとして「ヌーヴォー・ニヒリズム(新しい虚無主義)」を挙げている。
これは、政治的不信や経済的不安を背景に、「未来を長期的に描くことが難しい」という感覚が広がっている状況を指す。
その象徴的な設問が、
「未来は不透明なので、今日は今日のために生きている」
この問いへの同意率とブランド志向を重ねると、中国は両方とも世界最高水準に位置する。
つまり、中国では「今を生きる」という意識と、「ブランドへの支出」が強く結びついているのだ。
急速な経済成長の裏で、格差拡大、雇用不安、政治的閉塞感を抱える中国社会。将来が見えにくいからこそ、「今、この瞬間の満足」や「目に見える成功」を重視する。その表現手段として、ブランドが選ばれていると考えられる。
これは単なる見栄や浪費ではなく、不安定な社会環境の中で自分の存在を確かめる行為とも言えるだろう。
では、日本人はなぜブランドにこだわらないのか
一方、日本は「今を生きる」意識が特別低いわけではない。それでもブランド志向は世界最低水準にとどまっている。
この矛盾はどこから来るのだろうか。
その答えの一つが、日本独特の「ブランド観」にある。
日本には、ブランドであることを主張しないブランドが存在する。
無印良品、ユニクロ、ニトリ、コンビニや量販店のプライベートブランド。これらは一般的には立派なブランドだが、その思想は「個性を際立たせる」ことではない。
無印良品の「これがいい、ではなく、これでいい」という思想に象徴されるように、日本の消費文化は、機能・品質・価格のバランスを重視し、過度な自己主張を避ける方向に発達してきた。
ここでは、ブランドは「自分を目立たせる道具」ではなく、「生活を円滑にするインフラ」に近い存在だ。
「個人主義への逃避」と「個人主義からの逃避」
イプソスが指摘する「個人主義への逃避」は、ブランドを通じて自分らしさを確立しようとする動きだ。中国はその典型と言える。
対して日本は、むしろ**「個人主義からの逃避」**が強い社会かもしれない。
目立たないこと、空気を読むこと、集団との調和。その価値観の中では、ブランドで自己を誇示する行為は、必ずしも歓迎されない。
だからこそ、日本人は「ブランドにこだわらない」のではなく、「違う種類のブランド」を選んでいるとも言える。
ブランド観の違いは、相互理解のヒントになる
ブランド志向が世界一強い中国人と、世界一弱い日本人。
この差は、どちらが正しいという話ではない。それぞれの社会環境、歴史、価値観の結果だ。
しかし、この違いを知らずに相手を見ると、「なぜあんな行動を取るのか」「なぜ理解してくれないのか」という誤解が生まれる。
十人十色。
多様性とは、違いを消すことではなく、違いが生まれる背景を知ろうとする姿勢そのものだ。
ブランドという日常的なテーマを通じて見えてくるのは、国や社会が人に何を求め、何を守ろうとしているのかという、深い問いなのかもしれない。
◻︎◻︎出典:PRESIDENT OnLine 中国は81%で世界一高く、日本は34%で世界一低い…両国の人間性・価値観が180度違う事を決定づけるデータ
https://president.jp/articles/-/107460?page=4
【本日の一曲】
Emil Brandqvist Trio – A Visit to Reality
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