革靴と時間の関係
― 足に馴染むという贅沢 ―
最近は、服でも道具でも家電でも、「買ってすぐに使える」ことが当たり前になりました。
むしろ、最初から使いやすく設計されていないと、選ばれない時代です。
そして、少し古くなったり、流行から外れたりすると、まだ使える状態でも簡単に手放されてしまう。
修理して使い続けるよりも、新しいものに買い替える方が合理的だと考えられることも多くなりました。
そんな時代の流れの中で、少し立ち止まって考えたくなる存在があります。
それが「革靴」です。
足に馴染むまでの時間
革靴は、買った瞬間から完璧に快適な履き心地とは限りません。
むしろ、最初は少し硬く、重さも感じます。
ですが、履き込んでいくうちに、少しずつ足の形に沿って革が伸び、沈み、曲がっていきます。
そしてある日、ふと気づくのです。
「履いている感じがしない」
自分の足の形にぴたりと沿った革靴は、重さがあるにもかかわらず、歩き出すと不思議と軽やかです。
一歩踏み出すごとに重心が自然と前に移動し、足が前へ出ていく。
まるで体の一部のような感覚になります。
これは、最初から柔らかく軽い靴では得られない体験です。
時間をかけて、自分の足と靴が互いに歩み寄っていくからこそ生まれる感覚です。
丈夫で、直しながら履くという文化
革靴、とくにイギリスの伝統的な製法で作られた靴は、とにかく丈夫です。
靴底も簡単には摩耗せず、仮に減っても張り替えることができます。
アッパー(甲の革)も、きちんと手入れをすれば何十年と持ちます。
つまり、「壊れたら終わり」ではなく、「直しながら使い続ける」ことが前提にある道具なのです。
修理ができる構造。
長く使える素材。
そして、履く人の足に合わせて変化していく革。
革靴は、時間とともに完成していく道具とも言えます。
30年履ける靴という考え方
イギリスの靴文化には、「良い靴を長く履く」という価値観が根付いています。
新しい靴を次々と買い替えるのではなく、修理し、磨き、手入れをしながら、一足の靴を長く履き続ける。
そこでは「30年履く」という前提で靴と向き合う人も珍しくありません。
それは単なる節約ではなく、「良いものを大切に使うことが品格である」という価値観に基づいた行動です。
私も20年越えの革靴が何足かあります。最近流行りのスニーカーの様に加水分解することもなくどれも現役です。
履きジワの形。
革の色の変化。
修理の跡さえも、その人の歴史になります。
過酷な環境から生まれた靴
イギリスの靴やスーツは、どこかがっしりとした印象があります。
それは単なるデザインではなく、気候や歴史と深く関係しています。
雨が多く、石畳の街が続く環境では、軽くて柔らかい靴ではすぐに壊れてしまいます。
だからこそ、丈夫で修理可能な構造が求められました。
環境に合わせて道具が進化し、
その道具を長く使う文化が生まれる。
そこには、合理性と美意識の両方が存在しています。
「すぐ使えるもの」と「馴染むもの」
現代の多くの製品は、買ったその日から快適に使えるよう設計されています。
それはとても便利で、素晴らしいことでもあります。
ですが一方で、「時間をかけて自分に馴染んでいくもの」という選択肢が減っているようにも感じます。
革靴は、その対極にある存在です。
最初は少し硬く、少し重い。
けれど、履くたびに少しずつ自分の形になっていく。
そして気づけば、
「これ以外は履きたくない」
と思えるほどの一足になるのです。
道具と時間の関係
革靴の魅力は、単なる履き心地や見た目だけではありません。
そこには「時間」という要素が深く関わっています。
履き込むことで形が変わる。
手入れをすることで艶が増す。
修理を重ねて寿命が延びる。
時間が経つほどに価値が増していく道具。
それが革靴です。
これは、住まいにも少し似ているかもしれません。
手入れをしながら長く住む家。
使い込むほどに愛着が湧く場所。
どちらも、「時間」と一緒に育っていく存在です。
最近の住宅は、設備も性能も高く、住み始めたその日から快適に暮らせるように設計されています。
それはとても便利で、安心できることでもあります。
ですが、本来の住まいには、もうひとつの価値があります。
それは「時間をかけて馴染んでいく」という価値です。
無垢の床が少しずつ色づいていくこと。
建具の開け閉めの感覚が手に馴染んでくること。
庭の木が少しずつ大きくなり、季節の変化を感じさせてくれること。
そうした積み重ねの中で、家は単なる建物から、
「その人の暮らしが染み込んだ場所」へと変わっていきます。
新築の家は、どこかよそよそしく感じることもありますが、
10年、20年と住み続けるうちに、少しずつ生活に馴染んでいきます。
床のきしみも、柱の傷も、
その家で過ごした時間の証になっていきます。
革靴が足に馴染んでいくように、
住まいもまた、暮らしに馴染んでいくものです。
30年履くという贅沢
新品の靴を買う楽しさも、もちろんあります。
ですが、一足の靴を何十年も履き続けるというのは、また別の豊かさがあります。
「30年履く」というのは、単なる耐久性の話ではなく、
時間を共にする道具を選ぶという生き方の話なのかもしれません。
それは、住まいにも同じことが言えるのではないでしょうか。
何度も手入れをしながら、家族の時間を重ねていく家。
修繕の跡さえも、思い出として積み重なっていく住まい。
便利で、すぐに使えるものに囲まれた時代だからこそ、
少し時間のかかる道具や住まいを選ぶという贅沢も、悪くないのかもしれません。
革靴も、住まいも、
時間とともに完成していく存在です。
もし機会があれば、
「最初は少し硬いけれど、長く付き合える一足」や、
「時間とともに味わいが増していく住まい」を選んでみるのも、
きっと面白い体験になるはずです。
◻︎◻︎Bench Made
https://www.benchmade.jp/bm/
【本日の一曲】
The Clash – London Calling
◻︎◻︎せとうち不動産 https://setouchi-fudosan.com/◻︎◻︎