「習字は絵を描くのと同じ」から考える、日本語と脳の不思議
先日、こんな話を聞きました。
「習字って、絵を描くのと同じだよ」
最初は「確かに、きれいな字を書くにはセンスも必要だよな」くらいに思っていたのですが、よく考えてみると、なるほどと思うところがあります。
習字も絵も、紙という限られた空間の中に、線や形を配置していくもの。
どこから始めるのか、どのくらいの大きさにするのか、余白をどう取るのか、全体のバランスをどうするのか。
単純に「文字を書く」「絵を描く」というだけではなく、空間を捉えながら手を動かすという点では、かなり似ています。
そして、そこから「漢字」というものを考えてみると、さらに面白いことに気づきます。
漢字は、そもそも「絵」から始まった
漢字には「象形文字」と呼ばれるものがあります。
象形文字とは、簡単に言えば、目に見えるものの形をもとに作られた文字です。
例えば「日」「月」「山」など。
太陽や月、山といったものの姿を、線や形で表現したことが漢字のルーツの一つになっています。
つまり、漢字は最初から「意味を表す記号」だっただけではなく、目で見たものを形として表現するところから始まったとも言えます。
そう考えると、漢字を書くという行為は、ちょっと不思議です。
私たちは「山」という文字を見たとき、単なる3本の線としてではなく、「山」という意味とともに、その形を一つのまとまりとして認識しています。
そして習字では、その「山」という形を、筆を使って紙の上に再現する。
もちろん絵と完全に同じではありません。
しかし、頭の中にある形を、手を使って紙の上に表現するという意味では、確かに絵を描くことと近い部分があります。
脳の中でも「漢字」と「かな」は同じではない
さらに興味深い研究があります。
2026年7月、横浜市立大学などの研究グループが、脳卒中後に失語症となった315人を対象に、漢字と仮名の書字障害について研究しました。
その結果、仮名を書くことの障害と、漢字を書くことの障害では、関係する脳の神経ネットワークが異なることが明らかになったそうです。
仮名の書字障害は、音韻処理に関わる脳の「背側経路」と強く関連。
一方、漢字の書字障害は、意味や語彙の処理に関わる「腹側経路」と関連していました。
つまり、
「文字を書く」という同じ行為でも、漢字と仮名では脳の使い方が違う。
これは日本語を使っている私たちにとって、なかなか面白い話です。
日本語は、漢字とひらがな・カタカナを組み合わせて文章を作ります。
しかも漢字には音読みと訓読みがあり、同じ「字」なのに文章によって読み方が変わります。
外国人からすれば、かなり複雑な仕組みでしょう。
でも日本人は、それを子どもの頃から当たり前のように使っています。
「文字は読むもの」だけではない
解剖学者の養老孟司さんは、日本語の特徴について、漢字と仮名では脳内で異なる処理が行われること、そして日本語では漢字の読み方が文脈によって変化することに注目しています。
英語の単語は、基本的には文字列から発音を推測していきます。
ところが日本語の漢字は、その漢字だけを見ても読み方が一つに決まらないことがある。
前後にどんな文字が続くのか、どんな送り仮名が付くのかによって、読み方が変わります。
つまり日本語の漢字は、「形を見る」「意味を理解する」「文脈を考える」「音に変換する」といった複数の処理が複雑に絡み合っているわけです。
そして、ここから考えると、日本人がマンガを好む文化についても面白い見方ができます。
日本人の「マンガ好き」も関係している?
ここからは、さらに面白い話です。
日本語の特徴を考えると、日本人がマンガを好む文化とも何か関係があるのではないか、という考え方があります。
マンガは、絵と文字を組み合わせて情報を伝えます。
絵を見れば状況が直感的に分かり、吹き出しの文字を読めば登場人物の言葉や考えが分かる。
さらに漢字にはルビが振られることもあります。
つまり、
「形・絵で理解する」+「文字・言葉で理解する」
という複数の情報処理を、一つの作品の中で同時に行っているわけです。
日本のマンガやアニメが世界中で受け入れられている理由は、もちろんこれだけではありません。
ただ、日本語そのものが「漢字+かな」という、文字と意味・音を複雑に組み合わせる文化を持っていることを考えると、少し興味深い関係に感じます。
「字を書く」という、ものすごく身近な行為
普段、私たちは文字を書くことを特別なことだとは考えません。
メールやスマホでは文字を入力し、仕事では書類を書き、メモを取る。
でも、その一文字一文字の裏側では、文字を認識し、意味を理解し、形を思い浮かべ、手を動かしている。
特に漢字の場合は、「音」だけではなく「意味」や「形」まで含めて処理している。
そう考えると、漢字を書くというのは、単なる記号の再現ではないのかもしれません。
頭の中にある意味や形を、線という目に見えるものに変換する作業。
それは確かに、絵を描くこととどこか似ています。
だから「習字は絵を描くのと同じだよ」と言われたとき、最初は少し意外だったものの、調べてみると妙に納得してしまいました。
文字は「読むもの」であると同時に「見るもの」
私たちは文字を「読むもの」と考えがちです。
しかし漢字は、読む前にまず「形」として認識している部分があります。
「山」という文字を見た瞬間、いちいち「や・ま」と音に変換してから意味を理解しているわけではありません。
その形を見て、瞬間的に「山」と認識する。
だからこそ、書道では同じ「山」という文字でも、書き手によってまったく違う表情が生まれます。
文字なのに、作品として成立する。
そこには、漢字が持つ「意味」と「形」の両方の面白さがあるのだと思います。
何気なく使っている日本語ですが、少し立ち止まって考えてみると、かなり奥深い。
習字は文字を書くこと。
でも同時に、形をつくり、空間をデザインし、頭の中にあるものを紙の上に表現すること。
そう考えると、習字と絵は、思っていた以上に近いものなのかもしれません。
そして今日も、何気なくスマホで漢字を入力している私たちは、実はものすごく複雑な文字文化の上に生きている。
そう考えると、「文字を書く」という当たり前の行為も、ちょっと面白く見えてきます。
◻︎◻︎YUU Research Portal 仮名と漢字の書字障害には異なる脳内ネットワークの障害が関与
https://www.yokohama-cu.ac.jp/res-portal/news/2026/20260710higashiyama.html
PRESIDENT Online だから日本のマンガは世界を席巻した…養老孟司「欧米人には決してマネできない日本人だけが持つ特殊スキル」
https://president.jp/articles/-/110541?page=1
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