【62年ぶりの4万戸台】住宅着工戸数の大幅減少から見えてくること

2025年6月30日、国土交通省が発表した5月の新設住宅着工戸数が話題となりました。発表によると、5月の全国の着工戸数は前年同月比で34.4%減の4万3237戸。これはなんと、1963年1月(4万1813戸)以来、実に62年ぶりとなる“4万戸台”への落ち込みです。
ニュースでは「62年ぶり」という見出しが目を引きましたが、この数字の背景には、単なる景気の問題ではなく、私たちの暮らしそのものに関わる、より大きな社会の変化が映し出されています。
駆け込み需要の反動が直撃
今回の大幅減少の主な原因として指摘されているのが、3月にあった建築基準法改正に向けた“駆け込み着工”の反動です。4月以降、その反動で着工数が一気に落ち込んでおり、5月もその影響が色濃く残りました。
特に目立つのが「分譲住宅(前年同月比43.8%減)」や「マンション(同56.5%減)」の減少。持家や貸家もともに約3割減となり、すべての住宅タイプで着工数が減少しています。
住宅着工数は、時代を映す鏡
とはいえ、こうした数字の変化を「異常事態」と捉えることには、少し慎重であるべきかもしれません。なぜなら、現在の日本社会そのものが、人口減少・少子高齢化という大きな構造転換の只中にあるからです。
実際に、住宅需要の縮小は、もはや一時的な景気の波というよりも、社会全体の人口動態と密接に関係しています。日本の総人口は2008年をピークに減少を続けており、世帯数も今後は緩やかに減っていくと予測されています。当然、それに比例して新たに家を建てる人の数も減っていくのは、自然な流れといえるでしょう。
新築一辺倒から、中古・リノベーションという選択肢へ
かつての日本では、新築住宅を購入することが一つの“ステータス”であり、人生の大きな節目として捉えられていました。しかし近年では、中古住宅をリノベーションして自分たちらしい空間に住むという価値観が広がりつつあります。
背景には、経済的な理由だけでなく、「空き家問題」や「循環型社会」への関心の高まりもあります。築年数のある程度経過した物件でも、構造がしっかりしていれば十分住み心地の良い空間に生まれ変わらせることが可能です。
住まい選びの視点が“新しさ”から“自分らしさ”へと変わり始めていることも、今回の着工数減少と無関係ではないでしょう。
高度経済成長期とは異なる時代背景
1963年というと、ちょうど東京オリンピック前夜、高度経済成長の真っただ中です。地方から都市部への人口流入が続き、核家族化も進み、住宅需要はまさに右肩上がりの時代でした。
しかし現代の私たちが生きる社会は、あの頃とは全く異なります。「人が増える時代」から「人が減る時代」へ。その変化に合わせて、住まいの形や価値観も当然変わっていくはずです。
「足りない」ではなく、「余っている」という現実
住宅に限らず、現在の日本では“ものが余る”時代に入っています。空き家の増加もその一例です。総務省の統計によると、全国の空き家数は年々増加傾向にあり、特に地方では「誰も住まない家」が町のあちこちに点在するようになっています。
つまり、住宅が“足りない”という感覚ではなく、“余っている”中で、いかに既存のストックをうまく活用していくかが、これからの住まいのテーマになってくるでしょう。
数値の背景を読み解く力を
今回の「62年ぶりの4万戸台」という報道は、見出しだけを見ると大きな衝撃を受けるかもしれません。しかし、その背景にある社会構造の変化や、私たち自身の暮らし方・住まい方の多様化に目を向けることで、「減ったから悪い」とは一概に言えない現実が見えてきます。
これからの住まいは「たくさん建てる」時代から、「上手に使う」時代へと進んでいきます。だからこそ、今後の家づくりや住み替えの選択肢はより自由に、より柔軟に考えていきたいものですね。
【本日の一曲】
Sam Cooke / Another Saturday Night