2025 08 07

AI上司は単なる“通過点”にすぎない?

三井住友銀行が「AI社長」を導入したというニュースが話題になりました。CEOの過去の発言データなどを元に、まるで本人と会話しているかのようなAIチャットbotとアバターが開発され、従業員が“気軽に社長と話せる環境”が実現されているとのこと。さらに「AI上司」も開発中で、営業現場や提案業務に活用される日も近いと言われています。

驚くべきは、これが単なるルーティン処理や事務作業ではなく、「意思決定」や「創造性」を求められる領域でAIが活用されているという点です。

もはや、テンプレートで済む業務や定型のやり取りにAIを使うのは、特別なことではありません。中小企業やフリーランス、学生ですら、日常的にAIを使って文章作成や資料作成を行っている時代。では企業の上層部がいまなぜ、社長業やマネジメントレベルの意思決定業務にAIを導入しているのでしょうか?


AIの導入は“危機感”の裏返し

背景にあるのは、圧倒的なスピードで進歩するAIへの危機感です。

ゴールドマンサックスでは、かつて600人ものトレーダーが在籍していた部署が、Kensho社のAIを導入したことで2人だけを残して全員解雇されました。その2人の役割も“AIのサポート”です。人間が意思決定する時代から、AIが判断し、人間が実行・補助する時代に変わったのです。

もちろん、これは金融業界に限った話ではありません。

クリエイティブな分野、分析、営業支援、さらには人事や経営判断までもが、AIによって高度に代替可能になってきています。AIのほうが人間よりもミスが少なく、圧倒的な速さで処理し、感情にも左右されず、コストも安い。こうした現実を前にして、**“AIの導入は止められない流れ”**になりつつあります。

しかもこのAI化を推進しているのは、現場ではなく会社側です。

社員にとってAIは競合ですから、自ら進んで導入することはまずありません。だからこそ、企業はトップダウンで導入を進め、AI社長やAI上司といった象徴的な取り組みを打ち出しているのでしょう。


「AI上司」は“通過点”に過ぎない

では、「AI上司」や「AI社長」がゴールなのでしょうか? 私はそうは思いません。これはあくまでも、過渡期の現象にすぎないと考えています。

これはちょうど、自動車が登場した時代に“人力車”と競争していたようなもの。今や人力車と車が競い合うことはありません。なぜならそれぞれに「求められる役割」がまったく違うからです。

AIと人間も、やがてそうなるはずです。

AIに任せるべき業務はどんどん任せ、人間は「人間にしかできないこと」を行う。その境界がはっきりしていく未来が見え始めています。


人間の価値は“創造性”と“共感力”

AIにできないこととは何か? それは、「創造性」と「共感力」です。

創造性は「人類の歴史を変えるような発明」だけを指すのではありません。日々の仕事の中で問題を見つけ、より良い方法を提案し、実行する力。これはまさに人間の“創造的発想力”の一部です。

専門家はこの創造性を3つに分類しています。

  • Big C(ビッグC) … 電話や飛行機のように人類の進化に寄与する発明
  • Middle C(ミドルC) … 社会や業界に影響を与えるような革新的アイデア
  • Little C(リトルC) … 日常業務での創意工夫、柔軟な対応力

AIは膨大なデータから最適解を導くことはできますが、「そもそもこの問題の本質は何か?」を問い直すことや、「人の心を動かす提案」をすることはまだ苦手です。そこにこそ、人間の価値があるのです。


AIの時代に“不要”になるのではなく、“必要”になる

AIの進化を前にすると、「私たちの仕事は奪われるのでは?」という不安が先に立ちます。

しかし、視点を変えてみてください。
AIによって不要になるのではなく、AIによって“必要とされる人間像”が変わるのです。

たとえば、かつては誰もが体を動かしていた時代には存在しなかった「ジムのトレーナー」という職業が、現代ではしっかりと成立しています。肉体労働が減ったことで、「自発的に身体を鍛える文化」が生まれ、そこに“指導者”という役割が必要とされたからです。

AIの登場によって、同じように新しいニーズや職業が生まれています。AI活用を前提としたプロンプト設計者、AIとの対話の質を高めるコーチ、倫理的視点からAIを監視する人。すでに変化は始まっているのです。


AIとともに「どう進むか」が問われている

AI上司やAI社長のニュースは、一見「未来が来た!」という印象を受けます。しかし本質はそこではありません。これは未来の入り口にすぎないのです。

車と人力車が共存しないように、AIと人間が“同じ土俵”で競い続けることもないでしょう。やがては、それぞれが得意分野を担う世界になります。
(車ありきの視点で見てみると、タクシーやトラック輸送などそれまでなかった様々な仕事が生まれてます)

私たちに求められるのは、「AIに対抗すること」ではなく、「AIとともに、どんな未来をつくっていくか」という視点です。
そしてその未来では、創造性・共感性・柔軟性といった“人間らしさ”が、より重要になっていくのだと思います。

【本日の一曲】
Lee ‘Scratch’ Perry & The Upsetters / I Chase the Devil