四国・香川で少年だった私が「ドラえもんの土管」「マリオの土管」を理解できなかった理由

子どものころ、テレビやゲームに映る世界は、どこか現実とつながっているようでいて、実はまったく違うものだったりします。
昭和・平成に四国・香川で少年時代を過ごした私にとって、まさにその象徴が「土管」でした。
ドラえもんの空き地に転がる大きな土管、そしてスーパーマリオシリーズに登場する緑色の土管。全国の子どもたちの間でおなじみのモチーフでしたが、当時の私はその意味がまったくわかっていませんでした。「ドラえもんがいる都会」や「マリオの世界」では当たり前のように存在しているのに、私の暮らす田舎にはそんなものは見当たらなかったからです。
下水道のない世界で育った子どもの視点
今でこそ全国的にインフラが整いつつありますが、昭和から平成初期の香川県の多くの地域では、下水道設備が十分に整備されていませんでした。
家庭には浄化槽があり、汚水処理は各戸ごとに行うのが当たり前。もちろん、街中で下水道工事を見る機会もほとんどなく、「土管=下水道の部品」という発想すら浮かばなかったのです。
令和6年度の国の統計によると、東京都の下水道普及率は99.7%、京都府は95.8%。一方、私の地元・香川県は47.4%と半分にも満たない状況です(全国平均は81.8%)。この数字だけを見ても、都市部と地方のインフラ格差がいかに大きいかがわかります。
つまり、ドラえもんやマリオの世界に登場する「土管」は、都市部の子どもたちにとっては現実の風景に近いものでしたが、地方の子どもには「謎の円柱型オブジェ」にしか見えなかったのです。
ドラえもんの原っぱにある土管の正体
藤子・F・不二雄さんの漫画『ドラえもん』には、のび太やジャイアンたちが集まる「原っぱ」が何度も登場します。そこに置かれているのが、あの大きなコンクリート製の土管。子どもたちは土管に腰掛けたり、中に入って遊んだりしています。
実はあれ、「下水道工事で使う管」だったのです。
厳密に言えば、焼いた粘土製のものが「土管」で、コンクリート製のものは「ヒューム管」と呼ばれます。高度経済成長期の東京や川崎、名古屋など都市部では下水道整備が急ピッチで進められ、地中に埋める前の管が原っぱや空き地に置かれている光景が日常的にありました。
だから、ドラえもんのあの風景は、当時の都市部の日常の切り取りでもあったのです。
一方、田舎に住む私たちは、そうした「工事中の現場」にそもそも遭遇しない。せいぜい農業用水路やため池くらいで、下水管など見たこともありません。だから、ドラえもんの「土管=都会のリアル」を理解できず、あれは「秘密基地のための遊具」とでも思っていました。
スーパーマリオシリーズの土管も同じ
同じく1980年代、ファミコンの人気ゲーム『スーパーマリオブラザーズ』が全国の家庭に広まりました。
マリオがジャンプで飛び乗ったり、中に潜って別のエリアへ移動したりする「緑色の土管」は、ゲームの象徴ともいえるアイテムです。
マリオの職業が「配管工」とされるゆえんも、まさにこの「土管」。プレイヤーは何気なく「そういうもの」と受け入れていましたが、当時の私にとっては「緑色の謎の筒」でした。
なぜなら、身近に下水道がなかったから。配管工という職業の存在もほとんど知らず、「土管」という単語すらピンとこない。結果として、マリオの世界観を「ファンタジーの一部」としか認識していませんでした。
都市部の子どもたちにとっては「見たことある管」でも、地方の子どもたちにとっては完全な未知の存在だったわけです。
土管が象徴する「高度経済成長」と「インフラ格差」
改めて考えると、ドラえもんやマリオの土管は、日本の高度経済成長やインフラ整備の象徴でもあります。
1960年代から70年代にかけて、都市部では一気に下水道が整備され、道路や上下水道、ガス、電気などのライフラインが次々と整備されていきました。その過程で、街のあちこちに「埋設前の管」が置かれる光景が生まれ、それが子どもたちの遊び場になったのです。
しかし地方では、財政や人口規模の問題から整備が遅れ、浄化槽など「個別処理」が主流のまま現在に至ります。令和6年度時点で香川県の下水道普及率は47.4%。半世紀以上経っても、都市部との差は大きく開いたままです。
つまり、ドラえもんやマリオの土管は、子どもたちの遊びやゲームのモチーフであると同時に、日本の都市化の象徴だったといえるでしょう。
土管の記憶が教えてくれること
こうして振り返ってみると、昭和・平成の日本を象徴する「土管」という存在は、ただのインフラ部材以上の意味を持っていたのだと思います。
都市部の子どもたちにとっては身近な現実であり、地方の子どもたちにとってはテレビやゲームを通じて知る「遠い世界」だった。
その違いが、文化や感覚のズレとなって表れていたのかもしれません。
今の子どもたちは、もはや街中で土管を見かけることも少ないでしょう。下水道工事の現場も高度化し、資材は工事直前まで保管場所にあり、現場に長く置かれることは減りました。
つまり「土管のある原っぱ」という風景自体が、過去のものになりつつあるのです。
まとめ:ドラえもんとマリオがつないでくれた「見えない世界」
子どものころ理解できなかった「土管」ですが、大人になって振り返ると、それは日本社会の変化や地域格差を物語る象徴でした。
都会と地方、インフラ整備のスピード、そして高度経済成長という時代背景。それらが一つに集約されたイメージが、ドラえもんやマリオの「土管」だったのです。
今あらためて、あの頃のことを思い返しながら、自分が育った環境や街の変化を見つめ直すと、単なる「懐かしさ」を超えた気づきを与えてくれます。
もしあなたの街にまだ「土管」が転がっている空き地があるなら、それは日本の昭和から令和へ続く物語の「生き証人」なのかもしれません。
◻︎◻︎出典:公益社団法人 日本下水道協会 都道府県別の下水処理人口普及率
https://www.jswa.jp/sewage/qa/rate/
【本日の一曲】
スーパーマリオブラザーズ メドレー