2025 10 16

健康寿命をいかに伸ばすか?

はじめに:寿命と“健康寿命”――生きる時間をより豊かに

「平均寿命」という言葉はよく聞きますが、それだけ長生きすればいい、というわけではありません。
体が不自由にならず、自分らしく動き、日常生活ができる「健康寿命(=健康上の問題が少ない状態で生活できる年数)」をいかに伸ばすかが、これからますます重要になってきます。

そして注目すべきは、住まい(家)のあり方がこの「健康寿命」に大きく関わっているということ。
断熱性や通気性、バリアフリー性、安全性など、家の性能が暮らす人の体と心に影響を与えるからです。

また、日本全体で見れば、100歳以上の高齢者数は年々増え続け、55年連続で最多更新という報告もあります。
長寿国日本だからこそ、住まいと暮らしを見直す意義は大きい。
本記事では、まず日本の“長寿・高齢化”の現状を確認し、次に「健康寿命を伸ばす家(健康住宅・長寿住宅)」の考え方と具体的な工夫、さらに課題と未来展望を交えて考えていきます。


日本で長寿者が増えている現実

■ 100歳以上人口の増加と“人生100年時代”

最新の統計によると、2025年9月1日時点で 100歳以上の高齢者は 99,763人 に達し、前年より 4,644人増加。
この数字は 55年連続で過去最多更新 という記録的なものです。
女性がそのうち約88%を占めているという点も見逃せません。

30〜40年前と比べると、平均寿命は大きく上昇しています。
厚生労働省の「簡易生命表」からは、かつて男性で70代後半、女性で80代前半だった水準から現在では男性81歳台、女性87歳台という水準へと伸びています。
ただし、平均寿命と健康寿命との差を見ると、男性では約 8.5年、女性では約 11〜12年が体に不調を抱えながら過ごす期間になるとの報告もあります。

つまり、「長く生きる」こと自体は実現しつつあるものの、「元気に生きる期間」をできるだけ長く維持することこそが、今後ますます問われる課題です。

■ なぜ日本人は比較的長生きなのか?

日本人が長寿な理由としてよく挙げられる要因は、以下のようなものです:

  • バランスの取れた食事習慣:魚中心、野菜多め、塩分抑制
  • 公共医療・健診制度の充実
  • 衛生環境・上下水道の整備
  • 社会的・地域的なつながり(地域コミュニティ、世代間交流)
  • 文化的習慣:適度な体を使う暮らし、生活習慣(散歩、体操など)
  • 高い識字率・教育水準

これらの要素が相互に支えあって、病気の予防や早期発見・治療につながってきたと考えられています。

ただし、地域・所得・住環境による格差もあり、「良い住まい環境」が揃わないと健康を保ちにくくなるといった課題も指摘されます。


健康寿命を伸ばす家(住宅)の条件とは?

ここから本題。「住まい」は健康寿命にどう関係するか、どのような住宅・設計が望ましいかを見ていきましょう。

■ 基本となる住宅性能:断熱性・気密性・換気

寒暖差や急激な室温変化は、特に高齢者にとって体に大きな負荷をかけます。
例えば、冬場の寒さによるヒートショックが脳卒中・心筋梗塞・転倒リスクを高めることはよく知られています。

東京都の住環境政策では、「1℃暖かい住まいで脳神経は 2 歳若く、5℃暖かいと 10 歳若く」とも言われており、暖かい住まいが健康寿命に好影響を与える可能性が示唆されています。
つまり、高断熱・高気密な設計で室温のムラを抑え、冬は暖かく夏は熱気を遮る構造が基本です。

ただし、気密性を高めすぎると湿気や結露、空気の滞留(汚染ガス・二酸化炭素濃度上昇など)が問題となり得ます。
そのため、計画的な換気除湿・湿度管理 が必須です。これにより、カビ・ダニ・アレルギー・呼吸器系の疾患などの発生リスクを低減できます。


■ バリアフリー・ユニバーサルデザイン

体の機能が次第に衰える高齢期を見据えて、住まいを「安全・安心な空間」に整えておくことは非常に重要です。以下はその具体的な配慮例です:

  • 段差のない床(段差解消)
  • 廊下・通路・ドア幅を広めに
  • 手すりの設置(階段・廊下・浴室・トイレなど)
  • 滑りにくい床材・マット
  • 扉やスイッチが操作しやすい高さ・形
  • 見通しを確保した間取りや照明配置
  • 車椅子対応トイレ・洗面台の設置

こうした配慮により、転倒事故のリスクを大幅に下げることが可能になります。住宅評価制度でも、「段差解消」や「手すり設置」などが健康・安心要素として重視されています。


■ 自然素材と空気質、素材選びの重要性

シックハウス症候群や化学物質過敏症のリスクを抑えるため、建材や内装材の選び方も重要です。
塗料・接着剤・合板などから発散されるホルムアルデヒドなどの化学物質は、長期的には呼吸器や免疫系に影響を与える可能性があります。

そのため、天然木・無垢材・自然素材・低VOC(揮発性有機化合物)材料の使用が推奨されます。
また、良質な空気を入れ替える空気清浄・換気システムや、適切な湿度調整(加湿・除湿・除菌フィルターなど)も大切です。


■ 安全・耐震・防災性

災害リスクが高い日本では、耐震・制震性も健康寿命を守る大事な要素です。
倒壊・崩壊のリスクがある住宅では、そこに住み続けること自体が危険です。
そのため、住宅診断(建物の劣化や構造強度の確認)を行い、必要に応じて耐震補強・制震リフォームを行うことが望まれます。

また、火災・防犯・避難導線・防犯センサーなども備えた住宅設計は、安心して長く暮らすための条件となります。


■ スマート技術・ヘルスケア機能の導入

近年では、住宅に健康支援機能を組み込む「ヘルスケア住宅」「健康寿命延伸住宅」というコンセプトも生まれています。
温湿度管理、バイタルモニタリング(血圧・心拍数など)、見守りセンサー、AI健康警報などを導入することで、住まいそのものが健康ケアの一部になるような方向性です。

このような住宅を導入すると、補助金制度を活用して最大 90 万円程度の補助を受けられるケースも出てきています。
単なる設備投資ではなく、長い目で見れば医療・介護負担の軽減にもつながる可能性があります。


住まいから始める、健康寿命を守る暮らし方

住まいの性能だけでなく、日々の暮らし方も健康寿命を左右します。以下は、住環境を最大活用するポイントです。

  1. 室温・湿度管理を習慣化する
     暖かさ・涼しさを保つことは、体の負担を最小化します。
     季節の変わり目には空調・断熱の調整を意識しましょう。
  2. 日常的に歩く・運動できる導線を設計する
     階段を使いやすくする、移動距離を確保する動線設計は、自ら体を動かすきっかけを生む。
  3. 自然光や照明計画を工夫する
     日光を取り入れる窓配置、十分な明るさの確保により、心身の調子にも影響があります。
  4. 家事負担を減らす家事動線・設備配置
     高齢になっても無理なく使えるキッチン・洗面・トイレ配置は QOL(生活の質)を支えます。
  5. 見守り・交流空間を設ける
     家族や地域とつながる場や視界の開けた空間を意識することで、心の健康にもいい影響があります。

課題と展望:すべての人が“健康寿命の長い家”を持てる社会へ

良い住宅を建てる・住み替えるにはコストがかかります。
地域や所得によって、環境格差が広がるリスクもあります。
また、古い住宅を所有している人たちにとっては、リフォームという選択肢も必要です。

そのため、行政や自治体の補助制度、税制優遇、住宅ローン金利軽減制度、健康リノベーション補助などの制度整備が求められます。
また、住環境を評価する指標や認証制度、住まい手向けの情報提供・相談支援も重要です。

さらに、人口減少・高齢化が進む地方や山間部では、交通・医療・介護の確保と住宅環境改善が同時に進められねばなりません。
住む場所の選択肢を減らさず、どこでも健康に暮らせる環境を整えることが日本全体の課題です。


まとめ:家は「箱」ではなく、「健康を育む器」

  • 日本では平均寿命は高くなっている一方で、健康寿命との差をどう縮めるかが課題
  • 住まいの性能(断熱・換気・バリアフリー・耐震・素材)や暮らし方が健康寿命に影響
  • スマート・ヘルスケア住宅など次世代住宅の導入も始まっている
  • 課題としてはコスト・格差・制度支援・地方との整備がある
  • 「健康寿命の長い家」を誰もが手にできる社会を目指したい

あなたやあなたの大切な人が、これから長く元気に、気持ちよく暮らせる住まいづくり。
その第一歩は、今いる家の弱点を見つけ、少しずつ改善していくことかもしれません。
住まいが、人生のパートナーとして健康を支えてくれる“味方”になるよう、これからも情報を集め、考えを深めていきましょう。

【本日の一曲】
D’Angelo & the Vanguard – Live North Sea Jazz Festival 2015