2025 10 18

日本のバルミューダ × アイブ:デザインで繋がる新次元

先日、家電ブランド バルミューダ(BALMUDA) が、Apple の元最高デザイン責任者 ジョニー・アイブ(Jony Ive)が率いるクリエイティブ集団 LoveFrom と共同で、ポータブル LED ランタン「Sailing Lantern」を開発・発表した、というニュースが話題になりました。

このタッグは、単なるコラボレーション以上の意味を含んでいます。「ものづくり」や「デザイン」の理念を越えて、ブランドの在り方、アイデンティティ、そして未来へのビジョンを示すものとして注目すべき事例です。

本稿では、このコラボの背景、両者の強み、製品を通じて見えてくるメッセージ、そしてこの動きがもたらす示唆について、整理しながら考察を試みます。


1|バルミューダというブランド ― “デザイン家電”の挑戦

まず、バルミューダというブランドの歩みを簡単にふりかえっておきたいと思います。

創業以来、バルミューダはトースター、扇風機、スピーカー、炊飯器など、日常に密着した家電を「ただ使えるもの」ではなく「美しく心地よいもの」に変えるブランドとして存在感を示してきました。
デザイン性と機能性を両立させることを重視し、プロダクトそのものが「体験価値」を持つような製品を送り出してきました。

近年では、スマートフォン事業にも挑戦。「Balmuda Phone」を発表するなど、これまでの範囲を超えた挑戦を行ってきました。
ただ、スマホ市場は極めて競争が激しく、アップルを始めとする強豪がひしめく領域であり、そこにデザイン系ベンチャーが切り込む意図とリスクは大きなものがあったはずです。

このような背景をもつバルミューダが、アイブと共同でランタンを出すという動きは、「デザインの拡張」「ブランドの再定義」を目指すプロジェクトだと見ることができます。


2|アイブ(Jony Ive)と LoveFrom:デザインの権威と未来思考

ジョニー・アイブは、Apple において iMac, iPod, iPhone, iPad など多くの代表的プロダクトのデザイン責任者を務めた人物です。
そのデザイン哲学は、「形状と機能の調和」「素材と手触り」「シンプルさの追求」といった要素を重視し、世界中で「アップル製品らしさ」の象徴とされてきました。

現在、アイブは Apple を離れた後、LoveFrom というクリエイティブ組織を率いています。彼が一人のデザイナーではなく、複数のプロジェクトに関わる立場へと変化している点が興味深いところです。

今回の共同プロジェクトの公式リリースでも、「両ブランドが共有する ‘デザインに対する価値観’ が出発点だった」と明言されています。
デザインを語るうえで、アイブは“信念ある選択”を重ねる人物として尊敬されており、その思想がプロダクトにどう反映されるかが注目点です。


3|「Sailing Lantern」:伝統と未来を照らす光

このタッグによる最初の成果が、Sailing Lantern(セーリング・ランタン) という LED ランタンです。

デザインコンセプトと特徴

  • 航海用ランタン(古典的な灯り)をモチーフに、クラシックな海洋デザインを現代解釈
  • LED 光源でありながら、温かみや揺らぎを意識した光の質
  • 明るさや色温度を調整できる操作性
  • 防塵・防水性能など、実用性を兼ね備えた設計
  • 限定 1,000 台での販売という希少性

WWD Japan の記事によれば、このランタンは 55万円 という価格設定で、バルミューダの公式サイトや旗艦店、および主要百貨店で取り扱う予定とのことです。
これは単なる家電ではなく、「光のオブジェクト」「デザイン照明」の領域に踏み込むプロダクトと位置付けられています。

複数の意味を持つ “灯り”

なぜランタンを選んだのか。そこにはいくつか読み取れる意図があります。

  1. 灯りという普遍性
     ランタンは夜や暗闇を照らす道具。象徴的な意味を持ちやすく、デザインで意味を込めやすい。
    光を通じて「導き」「温かみ」「時代を照らす」などの表現がしやすい。
  2. アウトドア・モビリティ性
     ポータブルであるという点で、室内だけでなく屋外や移動空間にも対応可能。
    キャンプ、庭、ベランダ、旅先といった場所でも使える灯りとして、ライフスタイルの延長性を示す。
  3. デザイン対決というメッセージ
     既存の家電ブランドにはない、「儀礼的・詩情的な領域」への挑戦を表している。
    価格を高めに設計している点からも、「日用品」ではなく「デザイン家電のコレクタブル性」が強く意識されている。

このように、Sailing Lantern は機能以上に「意味」を持たせる装置として設計されており、両ブランドの世界観を結びつける架け橋としてのプロダクトと言えます。


4|このタッグから見える戦略的視点

このコラボレーションは、単なる共同開発にとどまりません。背後にはいくつかの戦略的意図が感じられます。

ブランド価値の引き上げ・再定義

バルミューダはこれまで、「デザイン性の高い家電ブランド」としての地位を築いてきましたが、その価値のレンジを拡張したいという意図が感じられます。
アイブという名デザイナーとのタッグは、「デザイン」の信頼感・ブランド性を強く打ち出すブランディング上の一手でしょう。

グローバル展開と評価の獲得

ジョニー・アイブは国際的なデザイン界で強いブランド力を持つ人物です。
このコラボレーションによって、海外のデザイン評価、メディア露出、ブランドの国際認知を狙う意欲も透けて見えます。
限定モデルという希少性戦略も、グローバルなコレクター層を刺激する意図と読めます。

ライフスタイルプロダクトへの拡張

家電中心から、照明・インテリア・アウトドアまで生活領域を拡張する布石として、このランタンが位置づけられている可能性があります。
将来的に「住空間一式を彩るデザインブランドへ」という拡張戦略の一歩かもしれません。

プレミアム戦略と差別化

高価格帯で限定数という構成は、一般市場とは異なる“ブランド価値重視層”をターゲットにした差別化戦略。
大量生産・低価格化では得られない付加価値を追求する動きと見ることができます。


5|ユーザー視点からの観点と残る課題

こうしたコラボレーションやプレミアムプロダクトには、ユーザー視点での期待と課題があります。以下はいくつか整理したポイントです。

ユーザー視点の期待

  • 日常品としてではなく、愛着を持たれるプロダクト
  • 所有体験・感性に働きかけるデザイン性
  • 実用性と美しさの調和:見た目だけでなく使いやすさも重視してほしい
  • 付加価値(限定性、物語性、素材感、メンテナンス性など)

課題・リスク要因

  1. 価格と普及性のバランス
     55万円という価格設定は、製造コストや希少性を反映したものでしょうが、一般消費者層には手を伸ばしにくい。ブランド成長を狙うなら、将来的なより手ごろなモデル展開が鍵です。
  2. ブランドとコラボの整合性
     バルミューダや LoveFrom の世界観と照らし合わせ、どこまで一貫性を保てるか。本コラボが「異物感」と感じられないような戦略が必要です。
  3. 持続性・修理性・ライフサイクル
     高級プロダクトとして長く使われることを目指すなら、故障時のメンテナンス、部品供給、ユーザーサポートなどの体制整備が欠かせません。
  4. 量産と品質の両立
     限定モデルゆえに品質を高めやすい反面、将来的にスケールするときの品質維持が難しくなるリスクもあります。
  5. ブランドの“本質”との整合性
     「バルミューダ=家電+美的体験」のイメージを根底から揺るがさないよう、このようなコラボ製品をどの程度拡張していくかは慎重な舵取りが必要でしょう。


6|今後に注目すべき展開・視点

このコラボレーションを起点として、将来に向けて注目したいポイントをいくつか挙げておきます。

  • このランタンを皮切りに、他の照明・インテリアプロダクト(ペンダントライト、テーブルランプなど)への拡張
  • デザインブランド vs 家電ブランドという立ち位置の揺らぎと再定義
  • 限定品の次のライン展開(量産モデルや手頃価格帯モデル)
  • ブランド認知を国際市場で獲得できるか、Apple/他デザイン系プロダクトと競合しうるか
  • ユーザーの反応、レビューやコミュニティの動向:どれだけ「使い込まれるプロダクト」になるか
  • サステナビリティ・修理性・資源循環まで含めた「ものづくりの背景」の見せ方

7|デザインから世界観へ、価値の拡張

バルミューダとアイブ(LoveFrom)のタッグは、単なる家電コラボ以上の意味を持つ挑戦です。
その狙いは、製品の枠を超えて、ブランドの世界観・価値観を再構築しようという野心にあります。

「Sailing Lantern」は、機能・光源・造形そのものに意味を込めたプロダクト。
それを通じて、デザインとは何か、ブランドとは何か、所有体験とは何かを問いかける作品とも言えます。

これからこのコラボがどのように評価され、どのように広がるのか。
単発の“話題作”で終わるのか、未来へ続く“物語の始まり”となるのか。
デザインや家電、ブランド戦略に関心のある人々にとって、注視すべきプロジェクトとなるでしょう。

◻︎◻︎出典:BALMUDA Sailing Lantern
     https://www.balmuda.com/lovefrom-balmuda/?lang=ja&srsltid=AfmBOoqvBpoizHDFgp5FKb4_xtqSJJXhNZno1yy73wXH1EJGoW6Aqx5k

     Casa BRUTUS 【独占インタビュー】ジョニー・アイブ率いる〈LoveFrom〉が 〈バルミューダ〉から「Sailing Lantern」を発表。
     https://casabrutus.com/categories/design/470285

【本日の一曲】
Still Woozy – Goodie Bag