2025 08 12

夏休み特集② コンビニの立地とナッシュ均衡  同じ店が集まるのはなぜ?

街を歩いていると、なぜ同じ業態のお店が固まって並んでいるのか、不思議に思うことがあります。とくにコンビニはその典型で、駅前やターミナル周辺には同じチェーンや別チェーンの店が密集していることが少なくありません。これを解きほぐす鍵のひとつが「ホテリングモデル」と「ナッシュ均衡」です。今回はわかりやすく、この理論と現実の出店戦略(ドミナント戦略など)を結びつけて考えてみましょう。

■ホテリングモデルとは何か
ホテリングモデルは1929年に提唱された立地理論で、商品やサービスが「どこに」出るかを単純化して分析します。最も単純な設定は「直線上に消費者が均等分布している」世界。ここに同じ業種の店が2つあると仮定すると、各店はより多くの客を獲得するために少しずつ位置を動かします。互いに動いた結果、両者が中央付近に寄り合って落ち着く — これが典型的な帰結です。なぜかと言えば、中央にいることで左右両方の消費者に近くなり、相手に客を奪われにくくなるからです。

この「互いに動かしても自分だけは有利にならない」状態はゲーム理論でいうところのナッシュ均衡です。ナッシュ均衡とは、プレーヤー全員の戦略が固定されたとき、どのプレーヤーも一人で戦略を変えても得にならない状態を指します。ホテリングのケースでは「位置(立地)」が戦略にあたり、中央に寄ることが各店舗にとって合理的(=ナッシュ)な選択になるのです。

■社会的最適立地とのギャップ
一方で、消費者全体の移動コストを最小にする配置(社会的最適)は店舗が等間隔に散らばることです。直線上の両端に住む人の利便性も考えると、両店を等距離に配置したほうが全体の負担は小さくなります。しかし非協力の競争は個々の合理を優先するため、社会的に望ましい均衡(分散配置)とは異なる結果を生みます。これが「個別最適と社会最適のずれ」です。

■現実のコンビニはなぜ密集するのか(ドミナント戦略)
ホテリングモデルは単純モデルですが、現実の企業行動の一端を説明します。なぜ同じチェーンが近くに出るかというと、単に「客取り合戦」で中央寄せになるだけでなく、チェーン店には配送や在庫管理、広告効率を上げるために特定エリアに集中出店してマーケットを支配しようとする「ドミナント戦略」があります。エリアを押さえれば配送効率が上がり、商品回転が速くなる。売上が安定すれば、近接する店舗同士で互いに補完できるため、短期的な「自店同士のカニバリ(客取り合い)」を許容しても長期的な利益向上を狙えるのです。

さらに、コンビニは「立地以外の差別化」も活用します。営業時間、品揃え(イートイン、コーヒー、ATM、宅配受取など)、店舗形態(都市型・郊外型)を変えることで、隣接店舗と役割分担を行い、同一エリア内で顧客層を取り込む戦略を取ります。セブン-イレブンがあるエリアを根気強く押さえ続けるのに対し、ローソンは店舗形態を変えて差別化するなど、チェーンごとに戦略が異なる点も興味深いところです。

■ゲーム理論の視点で見る「なぜ動かないのか」
ここでナッシュ均衡の直感をもう少し掘ります。ある良い立地Aがあり、そこに既に店があるとします。新しく店を出すとき、最初の出店者はAに出るのが自然です。二番手は既存のAに近い位置に出すことで既存客の取り込みを狙う。もし二番手があえて離れたBに出店すれば、その地域の獲得は見込めますが、Aの近くにいることでAから奪える「近接客」を手に入れる確率が高い。つまり「相手が動かない」前提で自分だけを変えても得にならないため、結果としてどちらも中央寄りに留まる。互いに協力して等間隔に分散配置すれば双方とも得になる場合でも、非協力の競争ではその合意が成立しにくい—これがナッシュ均衡の核心です。

■政策・都市計画との関係
社会的に望ましい配置があるにもかかわらず市場がそこに至らない場合、行政が介入して土地利用規制や誘導を行うことがあります。例えば商業ゾーニングや出店規制、空き地を活用した地域商業の支援などです。だが一方で、自由競争の中でのドミナント展開が地域経済や雇用にプラスをもたらす面もあり、どこまで介入するかはバランスの問題です。

■まとめ:街の風景に潜む「合理」と「ジレンマ」
駅前やロードサイドで同じ業種が集まるのは、単なる偶然ではなく企業の合理的判断と競争の帰結です。ホテリングモデルとナッシュ均衡はその直感的説明を与えてくれますが、同時に「個々の合理」が「全体の最適」とずれる典型例でもあります。次に街を歩くときは、並んだコンビニや飲食店の並び方に、計算や戦略、時には行政の思惑までも見えてくるかもしれません。都市の景色に少しだけ眼差しを変えてみると、夏休みの散歩がちょっとした社会科見学になりますよ。

【本日の一曲】
Con Funk Shun / Love’s Train