国が備蓄する塩と瀬戸内の歴史 〜地域に息づく暮らしの知恵〜

令和の「米騒動」と国の備蓄
今年の夏、日本では一時的に米の供給不安が広がり、「令和の米騒動」とも呼ばれる状況が話題になりました。スーパーから米が消えるニュース映像は、多くの人の記憶に新しいでしょう。その際、「実はお米は国が備蓄している」という事実が広く報道され、改めて国の備蓄制度に注目が集まりました。
では、国が備蓄しているのは米だけでしょうか? 実は私たちの暮らしに欠かせない「小麦」と「塩」も、国が備蓄しているのです。これは、単なる食料不足への備えではなく、価格が投機的に吊り上げられるのを防ぎ、安定供給を保つための重要な仕組みでもあります。
日本の塩事情 ― 恵まれない環境と知恵
米や小麦は農産物ですが、塩はどうでしょう。日本人にとって塩は生活必需品であり、保存や味付けだけでなく、宗教儀式や生活習慣とも深く結びついています。しかし、実は日本は塩の資源にあまり恵まれていません。
海外では岩塩や塩湖といった豊富な資源がありますが、日本には存在しません。四方を海に囲まれていながら、湿度が高く雨が多いため、太陽の力で海水を蒸発させる「天日製塩」にも向かないのです。そこで日本人は古代から工夫を重ね、独自の製塩法を築いてきました。
日本の製塩法
- 採鹹(さいかん):海水から濃い塩水(かん水)を作る
- 煎熬(せんごう):そのかん水を煮詰め、塩の結晶を得る
もっとも古い方法は「藻塩焼き」と呼ばれ、海草を焼いて残った灰から塩を取り出すものです。その後、干した海草に海水をかけてかん水を集め、それを土器で煮詰める製法へと進化しました。大昔から原理は変わらず、今も「海水を濃縮して煮詰める」方法が基本です。
瀬戸内と「入浜式塩田」
塩の歴史を語る上で欠かせないのが、瀬戸内地方です。江戸時代に考案された「入浜式塩田」は、日本独自の製塩法として知られています。潮の干満を利用して塩田に海水を引き込み、砂に染み込ませて濃いかん水を作り、それを煮詰めて塩を得る仕組みです。
この方法は瀬戸内海沿岸の十カ国(長門、周防、安芸、備前、備中、備後、播磨、伊予、讃岐、阿波)で盛んに行われ、「十州塩田」と呼ばれました。およそ400年もの間、日本の食生活を支えてきたのです。瀬戸内が「塩の産地」として名を馳せたのは、この入浜式塩田があったからこそ。
香川県と塩
降雨量の少ない香川県では古くから製塩が盛んであり、弥生時代中期には土器製塩の技術が成立し、備讃瀬戸地域における塩づくりの中心となりました。島嶼部や沿岸部の遺跡からは海水を煮詰めて塩を作る際に使ったと思われる製塩土器が多数出土しています。
また、17世紀頃からの瀬戸内地域での塩田開発によって、江戸時代には讃岐、伊予、備前、備後、備中など瀬戸内十州塩田での塩の生産量は全国の80%を占め、砂糖・木綿とともに「讃岐三白」と呼ばれていました。現在も製塩に関する施設は多いです。
塩に残る地名と暮らしの痕跡
塩づくりが盛んだった名残は、地名にも色濃く残っています。
例えば「塩田」「塩浜」という地名は、かつて塩づくりが行われていた証です。瀬戸内だけでなく、東京湾周辺など全国に点在しており、いかに塩が生活に欠かせなかったかを物語っています。
地域の暮らしを支えた産業は、地名や文化として今も息づいているのです。
世界の塩の産地と方法
一方で世界に目を向けると、日本とはまったく異なるスケールと環境で塩が作られています。
岩塩 ― 地球の「海の化石」
- イギリス・チェシャー地方:産業革命期には世界一の塩産地
- ポーランド・ベリチカ:700年以上続く岩塩坑は世界遺産に
- サハラ砂漠・マリ:かつては金と同じ価値で取引された
岩塩は太古の海が地殻変動で閉じ込められ、蒸発して固まったもの。塊を掘り出す、あるいは地下水で溶かして汲み上げて採取します。
塩湖と天日塩
- ボリビア・ウユニ塩湖:雨季には「天空の鏡」と呼ばれる絶景に
- オーストラリア・シャークベイ:乾燥した気候を利用し、太陽と風だけで塩を結晶化
世界では日射量が多く雨の少ない気候を活かし、自然の力だけで大量の塩を作ることが可能です。これは日本にはない恵まれた環境です。
塩と人類の歴史
塩は「人類の文明とともにあった」とも言える存在です。メソポタミア文明やエジプト文明の時代から塩の生産は行われ、死海周辺では古代オリエント文明が発展しました。ヨーロッパでは「給料(サラリー)」の語源が塩(サラリウム)に由来するなど、塩は経済や社会の基盤でもありました。
日本でも縄文時代後期から弥生時代初期にはすでに塩の使用が確認されており、神事や祭祀に欠かせない存在でした。相撲で土俵に塩をまく習慣や、葬式の後に清め塩を使う風習は、その名残ともいえます。
瀬戸内に住むからこそ感じる歴史と暮らし
不動産の仕事をしていると、土地の歴史や文化に触れる機会がよくあります。
例えば「塩田」という地名に出会うと、「ああ、この辺りはかつて塩づくりで栄えた地域なんだ」と気づかされるのです。
家を探すとき、ただ「立地が便利」というだけでなく、その土地が育んできた歴史や文化を知ると、暮らしへの愛着もより深まります。瀬戸内に住むということは、まさに塩の歴史と共にある暮らしを受け継ぐことでもあるのです。
なぜ国が塩を備蓄するのか
米や小麦は食糧安保の観点から備蓄されていますが、塩もまた人間の生命維持に欠かせません。熱中症対策や保存食、医療にも不可欠であり、もし国内供給が止まれば社会生活は一気に混乱します。
瀬戸内の塩づくりは歴史的に大きな役割を果たしましたが、現在は輸入や工業的製法に依存しています。だからこそ、国が一定量を備蓄し、非常時でも安定供給できる仕組みを持つことは重要なのです。
まとめ ― 「今年の漢字」は「米」?
今年は米不足報道で国の備蓄が話題になり、「米」が注目を集めました。しかし、その裏で小麦や塩もまた備蓄され、私たちの暮らしを静かに支えています。
米、小麦、塩。どれも私たちの食卓に欠かせない基礎中の基礎。だからこそ、供給が途切れないよう国が責任を持って守っているのです。
年末に発表される、今年の漢字は『米』になるのじゃないかなぁ?ww と思ってます。
アメリカ(米)のトランプ政権の話題も多かったですし。
■■出典:宇多津町観光協会
【本日の一曲】
Isley Brothers / Between The Sheets