2025 09 30

トヨタのWoven Cityだけじゃない? 世界の人工都市

トヨタの「Woven City(ウーブンシティ)」が注目を浴びていますが、この種の“人工的に設計された都市”(スマートシティ、実証都市、エコシティなど)は世界中でいくつも試みられてきました。成功例もあれば課題を抱える例もあります。この記事では、Woven City を中心に据えつつ、世界的に知られる人工都市の事例を紹介し、それらが描く都市の未来と課題を比較・検証してみます。


はじめに:なぜ「人工都市」が注目されるのか

人口の都市集中、気候変動、交通渋滞、エネルギー問題、老朽化インフラ、環境破壊……こうした現代の都市が抱える課題に対して、「一から設計された都市」は理想を追い求める“白紙の実験場”としての魅力があります。既存都市の制約(道路網・地形・法制度・住民の既存構造など)に縛られず、交通・エネルギー・情報・建築を統合的に設計できる可能性があるからです。

ただし、理想と実態にはギャップがあることもまた現実です。設計思想、運営体制、コスト、住民参加、スケール拡張、ガバナンスなど、多くのハードルがあります。それらを踏まえつつ、以下で Woven City と他都市を対比して見ていきましょう。


トヨタ「Woven City(ウーブンシティ)」:未来への実証都市

まずは Woven City の概要と特徴を簡単に振り返します。

  • 静岡県裾野市に、旧自動車工場跡地を活用して建設される実証都市
  • 「Living Laboratory(生きた研究場)」「人間中心(Human-Centered)」「常に進化する都市(Ever Evolving City)」を基本理念
  • 通行方式を分離した三層構造の道路設計(高速車両・低速モビリティ+徒歩、歩行専用プロムナードなど)
  • 再生可能エネルギー・水素燃料電池・スマートインフラ・ロボティクス・自動運転など技術融合
  • 段階開発:まず100名程度で開始、最終的には数千人規模へ拡張する計画

Woven City は、トヨタがモビリティ企業へシフトする戦略の一環でもあります。ただ車を作る会社ではなく、モノ・情報・人の移動を包括的に設計する会社を目指すための“実験場”としての意味合いが強い都市です。

この構想が成功するかどうかは、技術的な実証だけでなく、住民参加、持続運営、拡張性、制度設計、資金調達、プライバシー管理など多くの要素にかかっています。

では、Woven City 以外で先行する人工都市・スマートシティ事例を見ていきましょう。


世界の人工都市・スマートシティ事例

Masdar City(アラブ首長国連邦・アブダビ近郊)

概要と設計理念
Masdar City は、UAE アブダビ近郊に建設中の「エコシティ/ゼロカーボン都市」構想。2008年に着工が始まりました。
「化石燃料なし」「カーボンフットプリント最小化」「ゼロ廃棄物」「交通量制御」などが目標として掲げられています。

特徴的な設計には、パッシブ冷却(通風、日陰設計)、高効率建築、スマートエネルギー管理、モビリティ制限(車両の走行制限)、歩行者優先空間などがあります。
設計者の Foster + Partners も関わっており、都市デザイン、建築群、公共空間のデザインなどを統合的に手がけています。

進捗・現状
ただし、Masdar City は当初計画のままには進行していないという批判もあります。世界金融危機など、資金調達やコスト面の制約でスケールを縮小・調整しながら進んでいるのが現実です。
それでも、再生可能エネルギー拠点、研究機関、クリーンテクノロジー企業誘致など、技術・研究拠点としての役割は強めています。

成功と限界
Masdar は、設計思想としての模範性を示すには有力ですが、「巨大な規模での完全な実証」にはまだ至っていない側面があります。
強み:環境技術実証、研究者交流、ブランド性
課題:コスト/資金調達、入居者誘致、持続運営性、技術の維持管理


Songdo IBD(韓国・インチョン)

概要と設計思想
Songdo(ソンド)は、韓国・インチョン近郊の埋立地を利用して作られたスマートシティ/国際ビジネス地区です。
総面積は約 53.4 km²。計画は2000年代初頭から始まり、企業・住居・商業施設を統合した都市を目指しています。

Songdo は、「スマート都市」「ユビキタス都市」「15分都市」などの要素を取り入れ、公共交通、自転車網、ICTネットワーク、緑地空間などを統合する設計です。
また、建築物の多くに LEED 認証を導入し、「環境配慮」「高効率建築」を意識しています。

成果と批判
Songdo は、最早かなり完成に近づいており、居住人口も拡大しています。
しかし、批判も多く、「技術的な過剰」「住民の実ニーズとのズレ」「都市としての“温かみ”不足」などの声があります。
特に、トップダウン方式で設計・運営されており、住民の参加や自治性が十分でない点を指摘する論者もいます。

成功点:統合都市設計、インフラの先進性、ブランド誘致
課題点:文化性・地域性の欠如、住民関与、スケールとコスト


Woven City + 世界都市比較:共通点と差異

以下、Woven City を含めた複数の人工都市を対比してみましょう。

都市名位置/国設計主眼規模・段階強み課題・リスク
Woven City日本(裾野市)モビリティ統合、人間中心、技術実証フェーズ開始段階トヨタの技術統合、モビリティ企業シフトの実験場住民参加、拡張性、運営コスト、ガバナンス
Masdar CityUAE(アブダビ近郊)環境持続性、再生エネルギー、低炭素進行中環境デザイン、技術導入、研究拠点性スケール縮小・資金調整、実証と運営の維持
Songdo IBD韓国(インチョン)ICT統合、スマート都市、国際ビジネス拠点大規模完成形に近い都市統合、交通・ICT網、認証建築住民ニーズとのズレ、文化性の薄さ、住民参加性の不足

共通点としては、いずれも「ゼロから設計することで理想を追う」点、技術統合・都市インフラ革新という志向、ブランド性の強さなどが挙げられます。他方、異なるのは着手段階、地域文化との融合性、住民の関与度、運営資金確保、拡張性などです。

技術 vs. 人間性

技術統合は魅力ですが、住む人の生活感覚・社会性とずれを起こしやすい点が課題です。たとえば、Songdo では技術的に先進性があっても、「街としての温かさ」や「人とのつながり」が希薄だという批判が出ることがあります。

Woven City は「人間中心」という理念を掲げており、この「技術 × 生活感覚」のバランスをどう設計できるかが重要な鍵になるでしょう。

段階開発と実証性

Masdar、Songdo いずれも全体完成を目指しつつ進行中であり、未完成部分が多くあります。一方、Woven City はあらかじめ段階的開発を想定しており、初期段階での実証と改善を重視しています。これはリスクコントロールという点で現実的なアプローチといえます。

スケール拡張と制度整備

小規模・限定範囲の実証ならコントロールしやすくても、数千人規模・都市間ネットワーク化を視野に入れると、自治制度、インフラ整備、公権力対応、住民参加制度、拡張時のパフォーマンス維持など多くの制度課題があります。理論設計が優れていても、制度運営が追いつかないと都市機構は疲弊してしまいます。


人工都市の未来展望と私見

人工都市・スマートシティ構想は、理想と挑戦の両面を併せ持つ領域です。以下、未来に向けて考えたい視点をいくつか挙げます。

住民参加・共創設計の必要性

技術・インフラは美しい設計であっても、そこに「人の営み」がなければ都市は空虚になります。住民がプロジェクトに参加し、改善に関与できる仕組みが不可欠です。特に Woven City にはその点が期待されます。

モジュール化・適応可能な設計

将来的な技術変化を見越し、建築・インフラ・交通をモジュール化・可変設計にすることが重要。硬直した設計は将来の技術潮流に対応できなくなるリスクがあります。

拡張性と複数都市間連携

成功したプロジェクトをそのまま他都市へコピーするのは困難です。地域性・法制度・文化性が異なるため、一般化可能な設計要素(モジュール、インターフェース、技術標準など)を作ることが鍵となります。

財政・事業モデルの持続可能性

都市開発には初期投資が巨額になります。補助金・公私パートナーシップ・企業誘致・技術利用料モデルなど、多様な事業モデルを持たないと運営難に陥ります。

倫理・プライバシー・監視リスクの統制

センサー・AI・データ取得が前提となる都市設計では、住民のプライバシー、データ利用ガバナンス、監視社会化のリスクが高まります。これをどう設計段階で封じ込めるかが将来性を左右します。


都市を「つくる」という挑戦

「人工都市」「スマートシティ」「実証都市」は、まさに未来を実験する場です。Woven City はその最新事例であり、トヨタの企業戦略・技術実証・都市観を重ね合わせた挑戦です。Masdar City、Songdo といった前例は、成功と失敗を併せ持つ知見の宝庫でもあります。

これから注目すべきは、技術の美しさよりも “住む人の未来を豊かにする都市” を実際にどう設計し、運営し、進化させていくかです。都市を「つくる」ことは、単なる建物や回路設計ではなく、社会・文化・制度をも織り込む挑戦なのだと、こうした事例から教えられます。

【本日の一曲】
박혜진 park hye jin – I DON’T CARE