2026 08 17

「もっと良い暮らし」を追いかけ続けると、幸せになれない?

~ヘドニック・トレッドミルから考える、住まいと人生のちょうどいい距離~

「もう少し広い家に住みたい」

「もう少し便利な場所に住みたい」

「もう少し収入が増えたら、もっといい車に乗りたい」

私たちは日々の暮らしの中で、そんな「もう少し」を考えることがあります。

もちろん、より快適な住まいや生活を求めること自体は悪いことではありません。

ただ、心理学には**「ヘドニック・トレッドミル(快楽順応)」**という考え方があります。

これは簡単にいうと、良いことが起きて生活が豊かになっても、しばらくするとその状態に慣れてしまい、幸福感が元に戻っていくというものです。

トレッドミル(ランニングマシン)の上を走っているのに、なかなか前に進まない。

そんなイメージから、この名前が付けられています。

今回は、この「快楽順応」が私たちの暮らしの中でどんな問題を起こすのか、そしてどうすれば上手に付き合えるのかを、せとうち不動産として「住まい」の視点も交えながら考えてみたいと思います。


①「もっと良い家」を求め続けてしまう

まず、不動産にも非常に関係が深い問題です。

例えば、今の家が少し手狭になったので、広い家へ引っ越したとします。

最初は、

「広くなって快適!」

「収納もたくさんある!」

「庭もあるし、最高!」

と感じるでしょう。

ところが、数年経つとどうでしょう。

最初は嬉しかった広いリビングにも慣れ、収納が増えたことで物も増え、いつの間にか、

「もう少し収納が欲しい」

「もう少し広いキッチンがいい」

「もっと新しい家に住みたい」

となってしまうことがあります。

これは「今の家が悪くなった」わけではありません。

自分がその快適さに慣れてしまったのです。

そして、また新しい住宅を探す。

これを繰り返していると、住宅ローンや引っ越し費用などの負担ばかりが増えてしまう可能性があります。

では、どうするか?

家を選ぶときに、

「今より良い家か?」だけではなく、「自分たちに本当に必要な家か?」

を考えることです。

広さ、設備、立地。

「あったら嬉しいもの」と「なくては困るもの」を分けて考える。

住宅は人生の中でも非常に大きな買い物だからこそ、快楽順応を前提にして考えることが大切なのではないでしょうか。


② 収入が増えても、なぜか生活が楽にならない

もう一つは「収入と生活水準」の問題です。

例えば、収入が増えたとします。

すると、

ちょっと良い車。

ちょっと良い外食。

ちょっと良い旅行。

ちょっと良い家。

……と、生活水準も少しずつ上がっていきます。

最初は「収入が増えて余裕ができた」と感じていたのに、気が付けば支出も増えている。

そして、

「もっと収入が増えないと余裕がない」

となってしまう。

これも、ある意味では「ヘドニック・トレッドミル」の状態です。

もちろん、収入が増えることは大切です。

ただ、収入が増えた分だけ生活水準も上げてしまえば、いつまで経っても「余裕」を感じられないということが起こります。

対策は「余白」を残すこと

収入が増えたとき、そのすべてを生活水準の向上に使わない。

例えば、

「収入が増えたけれど、住宅ローンは無理に増やさない」

「車は今のものを大切に乗る」

「増えた分の一部は貯蓄や将来のために残す」

などです。

「豊かになったら、豊かな生活を全部買う」のではなく、選択肢を増やすために余裕を残す

これは長い人生ではかなり大きな違いになると思います。


③ SNSによって「普通」の基準が上がってしまう

そして、現代ならではの問題がSNSです。

Instagramなどを見ていると、

素敵な家。

おしゃれなインテリア。

高級車。

豪華な旅行。

充実した休日。

そんな「他人の良いところ」が次々と目に入ってきます。

すると、自分の暮らしが以前より悪くなったわけでもないのに、

「うちって普通すぎる?」

「もっといい家に住んだ方がいいのかな?」

「もっと旅行に行かないと……」

と感じてしまうことがあります。

これは、比較する相手が一気に増えたことによる問題ともいえます。

昔なら、近所の人や職場の人など、限られた範囲でしか比較しなかったものが、今では世界中の「一番良い瞬間」と比較できてしまいます。

対策は「自分の基準」を持つこと

他人がどう暮らしているかではなく、

「自分たち家族にとって何が大切なのか?」

を決めておく。

例えば、

「家は広さより立地」

「新築より、好きな場所で暮らせること」

「モノより家族で過ごす時間」

など。

他人から見れば地味でも、自分たちにとって満足度が高ければ、それは十分に豊かな暮らしです。


「もっと」を否定する必要はない

ここまで書くと、

「じゃあ、欲を持たない方がいいの?」

と思うかもしれません。

私はそうは思いません。

「もっと良い家に住みたい」

「もっと快適に暮らしたい」

「もっと収入を増やしたい」

という気持ちは、人生を前に進める大きなエネルギーになります。

問題なのは、「もっと」を手に入れれば、ずっと幸せになれると思い込んでしまうことなのではないでしょうか。

新しい家を買ったときの喜び。

新しい車に乗ったときのワクワク。

収入が増えたときの安心感。

これらは確かに幸せです。

でも、その幸せには「慣れる」という性質があります。

だからこそ、

「何を手に入れるか」だけではなく、「手に入れたものをどう楽しみ続けるか」

が大切なのだと思います。


住まいも「幸せを買うもの」ではなく「幸せに暮らすための道具」

不動産の仕事をしていると、どうしても「広い家」「新しい家」「便利な場所」といったスペックに目が行きがちです。

もちろん、それらは住宅選びにおいて重要です。

でも、本当に大切なのは、

その家でどんな生活をしたいのか。

ではないでしょうか。

家を大きくすることが目的なのではなく、家族が快適に暮らすこと。

新築に住むことが目的なのではなく、そこで安心して長く暮らすこと。

便利な場所に住むことが目的なのではなく、自分らしい時間を過ごすこと。

せとうち不動産では、物件の価格や広さ、設備だけではなく、**「その人にとって、その住まいが本当に合っているのか」**という視点も大切にしたいと考えています。

「もっと、もっと」と走り続けるのではなく、ときには立ち止まって、

「今の暮らし、けっこう幸せかも」

と気付いてみる。

ヘドニック・トレッドミルという考え方は、そんな「今あるものの価値」を見直すきっかけにもなるのではないでしょうか。

家も人生も、必ずしも「大きく」「新しく」「高く」すれば幸せになるわけではありません。

自分にとっての「ちょうどいい」。

それを一緒に考えることも、不動産屋の仕事の一つなのかもしれません。


「自分にとってのちょうどいい」を大切に

そして、この「ヘドニック・トレッドミル」という考え方を知ると、最近一般化しつつある美容整形についても、少し考えさせられることがあります。

もちろん、美容整形そのものを否定するつもりはありません。自分のコンプレックスを解消したり、前向きな気持ちになったりするのであれば、それも一つの選択だと思います。

ただ、最初は「ここを少し変えたい」と思っていたのに、変化した自分の姿に慣れると、今度は「もう少しここを……」となり、さらに変化を求めてしまう。

SNSなどで、以前とは原型が分からないほど外見が変わっていく芸能人を見ていると、ふと「これも快楽順応の一つなのかな」と思うことがあります。

一度手に入れた変化や満足感に慣れてしまうと、さらに上を求めてしまう。

これは美容に限らず、家、車、収入、ブランド品など、私たちの身の回りのいろいろなことに当てはまるのかもしれません。

だからこそ大切なのは、「もっと良くする」ことだけではなく、「自分にとって、これくらいがちょうどいい」と思えるところを知ること。

いわゆる「身の丈」という言葉にも近いのかもしれません。

上を目指すことは悪いことではありません。

でも、どこまで行っても「もっと、もっと」と走り続けるのではなく、時には立ち止まって、

「今の自分、これで結構いいんじゃない?」

と思える。

そんな感覚を持つことが、実は幸せに暮らすためには大切なのかもしれません。


◻︎◻︎ウィキペディア ヘドニック・トレッドミル(快楽順応) 
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%AB%E6%A5%BD%E9%A0%86%E5%BF%9C


【本日の一曲】
Next – Too Close

◻︎◻︎せとうち不動産 https://setouchi-fudosan.com/◻︎◻︎