マイルス・デイビス生誕100周年。なぜ彼は今も“ジャズの帝王”なのか
今日は何の日?
5月26日は何の日でしょう。
そう、ジャズの帝王、マイルス・デイビスの誕生日です。しかも2026年は、生誕100年という記念すべき年。
同じ5月26日生まれにはレニー・クラヴィッツ、ローリン・ヒル、中村佳穂など、個性豊かなミュージシャンたちが並びます。そして今年は昭和100年。1926年生まれのマイルスは、昭和と同い年ということになります。
企業で見ても、2026年は全国で3000社以上が創業100周年を迎えます。豊田自動織機、集英社、東レ、クラレなどがマイルスと同級生です。
では、人の世界で100年語り継がれる存在とは、どんな人物なのでしょうか。
その答えのひとつが、マイルス・デイビスなのかもしれません。
ジャズに詳しくない人でも、名前くらいは聞いたことがあるでしょう。しかし「何がそんなに凄いの?」と聞かれると、意外と説明は難しい。
トランペットが上手かったから?
もちろんそれもあります。でも、それだけではありません。
なぜ帝王なのか?
マイルスが“帝王”と呼ばれる理由は、単なる名演奏家だったからではなく、音楽そのものの流れを何度も変えてしまった人物だからです。
1926年、アメリカ・イリノイ州。裕福な歯科医の父と音楽教師の母のもとに生まれたマイルスは、少年時代からトランペットを始めます。
やがて彼はニューヨークへ向かいます。表向きはジュリアード音楽院への進学。しかし本当の目的は別でした。
当時ジャズ界の革命児だったチャーリー・パーカーに会うこと。
1940年代、ジャズの最前線は「ビバップ」と呼ばれる新しい音楽でした。高速で複雑なコード進行を駆け抜ける超絶技巧の世界。パーカーやディジー・ガレスピーがその中心にいました。
若きマイルスもパーカーのバンドに加入します。
けれど、ここで面白いことが起きます。
マイルスは彼らのコピーにはならなかった。
周囲が速く、複雑に、より多くの音を吹こうとしているなかで、彼は逆を向いたのです。
「自分は音を減らしたかった」
後年、彼はそう語っています。
これはジャズ史において、とても重要な発想でした。
速さではなく間。
技巧ではなく空気。
音数ではなく感情。
マイルスのトランペットは、まるで夜の街灯のようです。必要以上に喋らない。けれど、鳴った瞬間に空気が変わる。
だから彼の音には独特の孤独と色気があります。
60年にわたり変化し続けたキャリア
1950年代、彼は『Birth of the Cool』でクール・ジャズを切り開きます。熱狂的だったビバップとは対照的な、洗練されたアンサンブル。
さらに1959年。
ジャズ史上最大の名盤とも呼ばれる『Kind of Blue』が誕生します。
もし「ジャズを一枚だけ聴くなら?」と聞かれたら、多くの人がこの作品を挙げるでしょう。
累計1000万枚以上。ジャズとしては異例のセールスです。
この作品でマイルスが完成させたのが「モード・ジャズ」。
従来のジャズがコード進行を追いかける音楽だったのに対し、モードはもっと自由でした。
広い空間の中を漂うような感覚。
1曲目の「So What」を聴くと、その意味がわかります。
どこか静かで、時間が止まったような感覚。
実はこの感覚、現代の音楽にも深く繋がっています。
ヒップホップのループ感覚、さらにはクラブミュージック、ロバートグラスパーに至るまで――。
マイルスが開いた扉の先に、今の音楽があると言っても大げさではありません。
しかし彼の凄さは、ここで終わらない。
多くの巨匠は、一度成功したスタイルを守ります。
けれどマイルスは違いました。
成功すると、それを壊した。
1960年代後半、彼はエレクトリック楽器を導入します。
当時のジャズ界ではほとんど“ご法度”。
それでも彼はロックやファンクに惹かれ、『In a Silent Way』、『Bitches Brew』という問題作を発表します。
当然、批判も浴びました。
「こんなのジャズじゃない」
昔から新しいものには反発がつきものです。
けれどマイルスは気にしなかった。
むしろ、内輪化したジャズへの違和感を誰よりも抱いていたのでしょう。
結果として、この挑戦は後のフュージョンやクロスオーバー、さらにはロックや電子音楽にまで影響を与えていきます。
そして80年代。
普通なら往年の名曲を演奏して余生を過ごしていても不思議ではない年齢で、彼はマイケル・ジャクソンやシンディ・ローパーを取り上げ、ポップスに接近します。
さらには最晩年、ヒップホップとの融合まで試みた。
1991年、65歳で亡くなる直前に残した『Doo-Bop』は、その象徴です。
ここまで読むと、マイルスの人生にはひとつの共通点が見えてきます。
彼は“完成”しなかった。
完成することより、更新することを選び続けた。
だからこそ60年もの長い間、ジャズの最前線に立ち続けられたのでしょう。
しかも彼は、自分だけが輝く人ではありませんでした。
ジョン・コルトレーン、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、チック・コリア、キース・ジャレット――。
彼のバンドから巣立った若者たちは、やがてジャズ界の巨人になっていきます。
人を見る目まで持っていた。
それもまた、帝王と呼ばれる理由なのでしょう。
ジャズを聴いてみたいけれど、何から入ればいいかわからない。
そんな人には迷わずマイルスを勧めます。
まずは『Kind of Blue』。
夜に静かに流してみてください。
もしかすると、ジャズを聴いているというより、自分の感情の輪郭を聴いているような感覚になるかもしれません。
生誕100年。
けれどマイルス・デイビスは、懐かしい過去の偉人ではありません。
彼の音楽は今も、新しい何かになろうとしている最中なのです。
◻︎◻︎◻︎追記◻︎◻︎◻︎
そしてもうひとつ、ジャズ界に大きなニュースが飛び込んできました。
マイルスと同じ時代を生き、“最後のビッグジャイアント”とも呼ばれたソニー・ロリンズが、5月25日に95歳で亡くなったそうです。
『Saxophone Colossus』で知られるロリンズは、マイルス、コルトレーンらと並び、ジャズ黄金期を支えた巨人のひとりでした。95歳という大往生。それでも、その知らせには時代の幕が下りるような寂しさがあります。
1940〜60年代、ジャズが最も熱く、自由で、革新的だった時代。その空気を知る最後の証人が旅立ったとも言えるのかもしれません。
マイルス生誕100年の年に、黄金時代の最後の一人を見送る――。偶然とは思えない、不思議な巡り合わせを感じます。
◻︎◻︎ソニーミュージック マイルスデイビス
https://www.sonymusic.co.jp/artist/MilesDavis/profile/
【本日の一曲】
Miles Davis – Kind of Blue
◻︎◻︎せとうち不動産 https://setouchi-fudosan.com/◻︎◻︎