2026 08 23

夏に聴きたくなるレゲエ。その「スレンテン」を生み出したのは、実は日本人だった。

まだまだ暑い日が続いています。

今年の夏も厳しい暑さですが、そんな「夏」に聴きたくなる音楽といえば、やっぱりレゲエ。

軽快なリズムと心地よいグルーヴ。海や夕暮れ、ビール……と、勝手に夏の風景と結びついてしまう音楽です。

そんなレゲエ好きの方なら、名前は知らなくても一度は耳にしたことがあるかもしれない、ある「リズム」があります。

それが、**「スレンテン(Sleng Teng)」**です。

そして、このレゲエ界を代表するリズムを生み出したのが、なんと日本人。

しかも、ジャマイカのミュージシャンではなく、日本の電子楽器メーカー・カシオの開発者だったというから驚きです。

今回は、そんな「日本からジャマイカへ渡ったリズム」のちょっと面白い音楽史をご紹介します。


「スレンテン」って、そもそも何?

レゲエには「リディム(Riddim)」という独特の文化があります。

簡単にいえば、曲の土台となるドラムやベースなどのリズムパターンのこと。

ひとつのリディムを使って、さまざまなアーティストが別の曲を作るという、レゲエならではの音楽文化です。

その中でも「スレンテン」は、1985年にジャマイカで発表された**「Under Mi Sleng Teng」**によって一気に世界へ広がったリディム。

その後、数百もの楽曲で使用され、現在ではレゲエを代表する「モンスター・リディム」と呼ばれるほどの存在になりました。

ところが、この特徴的なリズム。

実はもともとジャマイカで作られたものではありません。

日本の電子キーボードに、最初から「プリセット音源」として入っていたものだったのです。


すべての始まりは「Casiotone MT-40」

1981年、カシオから発売された電子キーボードが**「Casiotone MT-40」**。

当時の価格は約3万5,000円。

現在の感覚でも比較的手に取りやすい価格ですが、当時としては画期的な家庭向け電子楽器でした。

そして、このMT-40に収録されていたプリセットリズムのひとつが「rock」。

この「rock」を作ったのが、カシオの開発者だった奥田広子さんです。

実は奥田さん、もともと大のレゲエ好き。

大学時代にはレゲエを卒業論文のテーマにするほどで、ボブ・マーリーのライブにも足を運んでいたそうです。

そんな「レゲエ好きの開発者」が、電子キーボードのために作ったリズム。

それが、遠く離れたジャマイカで歴史を変えることになります。


「偶然」が重なってジャマイカへ

MT-40が発売されて数年後。

ジャマイカに住むミュージシャン、ウェイン・スミスらが、このキーボードを手にします。

そして、MT-40に収録されていた「rock」のリズムを使って制作されたのが、

「Under Mi Sleng Teng」

でした。

この曲をプロデュースしたのが、後にレゲエ史に残る名プロデューサーとなるキング・ジャミー。

それまで生演奏が中心だったレゲエの世界に、電子楽器による独特のデジタルなリズムが登場したことで、大きな衝撃を与えました。

そして、この曲のタイトルから、そのリズムは「スレンテン」と呼ばれるようになります。

一気にジャマイカ中へ広まり、さらにイギリスやアメリカなど世界各地へ。

レゲエの制作環境そのものを、アナログからデジタルへと変えていくきっかけのひとつになりました。


作った本人が「自分のリズム」だと知ったのは1年後

さらに面白いのがここから。

奥田さん自身は、ジャマイカで自分が作ったリズムが大流行していることを、すぐには知りませんでした。

MT-40が海外でよく売れているという話は耳にしていたものの、それが自分の作ったリズムと関係しているとは考えていなかったそうです。

本人が気づいたのは、なんとヒットから約1年後。

日本の音楽雑誌の記事に、「安っぽいカシオのキーボードのような音」といった形でスレンテンの特徴が紹介されていたことがきっかけでした。

そこで初めて、

「これ、私が作ったMT-40のリズムでは?」

と気づいたのです。

遠く日本で作られたリズムが、海を越えてジャマイカの音楽シーンを席巻していた。

まるで映画のような話です。


「音楽×技術」が生んだ奇跡

スレンテンの面白さは、単に「日本人がレゲエのリズムを作った」ということだけではありません。

レゲエが好きだった開発者が、自分の感性を電子楽器に落とし込んだ。

その製品を、たまたまジャマイカのミュージシャンが手にした。

そこで生まれた曲を、キング・ジャミーがプロデュースした。

さらにサウンドクラッシュやラジオ放送を通して世界へ広がった。

どこかひとつでも違っていたら、「スレンテン」という歴史的なリディムは生まれていなかったかもしれません。

まさに、人・技術・音楽・偶然が重なって生まれた奇跡です。

そして2022年には、奥田さんへのインタビューが公開されたことで、長年謎に包まれていた「スレンテンの生みの親」が広く知られるようになりました。

私もスレンテンは界隈では超が付くほど有名なリディムなので存じ上げてましたが、それが日本人の、しかも女性の、ジャマイカにまだ行ったことないw 方が生みの親だとは想像だにしてなかったです。

その後、奥田さんは約45年間勤めたカシオを退職。

現在も、これまでの経験を生かして音楽や電子楽器に関わる活動への思いを持っているそうです。


日本の「ものづくり」が世界の音楽を変えた

住宅や建築の仕事をしていると、「ものづくり」について考える機会が多くあります。

良い製品を作るには、性能や品質はもちろんですが、そこに作り手の「こんなものを作りたい」という思いや感性が加わることで、思いもよらない価値が生まれることがあります。

スレンテンは、まさにその象徴なのかもしれません。

日本の小さな電子キーボードに入っていた、ひとつのリズム。

それが海を越え、ジャマイカの音楽を変え、世界中のミュージシャンに使われ、40年以上経った今も生き続けています。

そう考えると、今年の夏に聴くレゲエが、いつもより少し違って聞こえてくるかもしれません。

もしレゲエを聴く機会があれば、ぜひ「スレンテン」のリズムにも耳を傾けてみてください。

そのリズムのルーツをたどると、なんと日本・カシオの開発者にたどり着く。

音楽の世界って、本当に奥深いですね。


◻︎◻︎nippon,com 「スレンテン」の生みの親・奥田広子さん、カシオ勇退:レゲエ界に革命を起こした開発者が見据える未来
  https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02532/


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