10月23日、世界が停止した日。村上龍の訃報に、松井秀喜の監督就任。翌日、家にクワガタがいた。
10月23日、世界のどこかで何かが壊れた。
もちろん、世界そのものが壊れたわけではない。朝になれば人々は起き、コーヒーを飲み、通勤し、会議をし、株価を確認する。いつもと同じ一日が始まるはずだった。
ただ、画面の向こう側で、世界を動かしている仕組みの一部に深刻な欠陥が見つかった。
PHP。
インターネットの世界では珍しくない名前だ。多くのウェブサイトを動かしているプログラミング言語。その内部に、長いあいだ見つからなかった重大な弱点が潜んでいた。しかも、その発見にはAIによる検証が関わっていたという。
人間が見落としていたものを、機械が見つける。
それだけなら、技術の進歩を称賛する話だったかもしれない。
しかし、問題はその先にあった。
修正プログラムの公開を前に、関係者のあいだでは情報が管理されていた。ところが、米国のセキュリティ企業Chainguardをめぐって、公開前情報の扱いが予定どおりではなかったという話まで飛び交う。世界中のシステム管理者たちは、見えない敵の存在を意識しながら、自分たちのウェブサイトを止めるかどうか判断しなければならなくなった。
動かし続けることが危険なら、止めるしかない。
企業のホームページが閉じられ、行政のサービスが一部停止し、普段なら当たり前に使える情報へアクセスできなくなる。日本でも官公庁や企業が対応に追われた。
インターネットは、いつでもそこにあるものだと思っていた。
しかし、そこにあるのは無数のプログラムとサーバーと人間の判断だ。誰かがスイッチを切れば、昨日まで存在していた世界が、今日には見えなくなる。
そして、その日。
作家の村上龍の訃報が伝えられた。
74歳。10月17日に自宅で亡くなっていたという。発表されたのは23日だった。
同じ日、松井秀喜が読売ジャイアンツの新監督に就任することが発表された。
ひとりの作家がこの世界から去り、かつてのホームランバッターが新しい役割を引き受ける。文学と野球。死と再出発。片方はもう戻らず、片方はこれから始まる。
そこに、インターネットの世界を支えるプログラムの欠陥が重なった。
もちろん、三つの出来事に因果関係はない。
ないはずだ。
それでも、日付を並べてみると、現実が誰かの書いた小説のように感じられる瞬間がある。登場人物たちはそれぞれの場所で何かを失い、何かを手に入れ、何も知らないまま次の場面へ進んでいく。
そして翌日。
夜、自宅に帰ると、家の中にクワガタがいた。
玄関から入ったのか、どこかの隙間から迷い込んだのか、それとも荷物にくっついてきたのか。理由はわからない。秋も深まったこの時期に、なぜ家の中にクワガタがいるのか。
小さな黒い甲虫は、玄関ホールの壁でじっとしていた。
世界中のコンピューターが安全性を確認するために停止し、画面の向こう側では人間が緊急対応に追われていた。その一方で、家の中には、デジタルとは何の関係もなさそうな生き物が一匹いる。
私はしばらく、そのクワガタを見ていた。
AIは10年以上見つからなかった欠陥を発見できる。世界中のウェブサイトを停止させるほどの問題を見つけられる。それなのに、目の前のクワガタがどこから来たのか、私にはわからない。
世界の仕組みは複雑になった。
便利になり、速くなり、あらゆるものがつながった。その結果、ひとつの欠陥が遠く離れた場所にまで影響を及ぼすようになった。だが、私たちは本当に世界を理解しているのだろうか。
画面が消えれば、世界も消えたように感じる。
けれど、クワガタはそこにいる。
人間の都合も、セキュリティの警告も、著名人の訃報も、野球チームの新監督も関係ない。ただ、そこに迷い込んでしまっただけなのかもしれない。
私はクワガタをそっと外へ逃がした。
世界はまだ正常なのか。それとも、私たちが正常だと思い込んでいるだけなのか。
答えはわからない。
ただ、10月23日と、その翌日のことは、しばらく忘れないと思う。
世界がインターネットの向こう側で停止した日。
そして翌日、家の中にクワガタがいた日。
◻︎◻︎学生時代、車で北海道を一周する旅の途中、釧路駅の古本屋で出会った『五分後の世界』が、私と村上龍の最初の接点だった。 村上がVOLVOの車を好んでいた事をふと思い出す。
◻︎◻︎幻冬舎 村上龍氏 ご逝去のお知らせ
https://www.gentosha.co.jp/topic/detail/033590/
【本日の一曲】
Erykah Badu & The Alchemist – Echos, I Just Play A Part, Witch Doctor | NTS Session
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